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「ねぇ、和樹(かずき)」  しんしんと雪が降りしきる、ある冬の日の昼休み。窓の外を見てぼーっとしていた俺の肩を、ポンポンと叩く者が居た。知っている、この声は――。 「なんだよ、河瀬(かわせ)」  そいつの名字を呼びながら、振り返る。案の定そこに立っていたのは、セミロングの黒髪をハーフアップにした美少女だった。彼女の名は、河瀬海來(かわせ みくる)。クラスメイトの一人だ。  河瀬は俺と目を合わせてニッコリ笑ったあと、こう続けて聞いてきた。 「なんで雪が降り積もっている景色をさ、『銀世界』って言うんだと思う?」 「知るか、そんなん」  とりあえず即答して、俺は再び河瀬から目を離す。しかし俺はそれでよくても、河瀬のほうが諦めてくれない。 「えー、なんでそんな即答……つれないねぇ」 「勝手に言ってろ」 「なにそれー。和樹は気になんないわけ? なんで白い景色を銀っていうのか」 「気になんねーよ。どうせ、あれだよ。言葉の綾? みたいなやつなんじゃね」  適当なことを言って、流す。河瀬はそのあとも゙騒がしく何か声をかけてきていたが、俺は聞いていないフリをした。くそ、なんでこんなに河瀬は俺に話しかけてくるんだ。俺が今みたいに、こんなに無視しているのに。 「あ、あと『白銀』っていうのも雪を表してるのよね。やっぱ銀っての、使われてんねー……なんでだろーねー……」  知るかよ、そんなの。  俺は心の中で毒づく。お前、雪をどうして銀世界と表すのかなんてところに着目するならさ、それよりもっと周りに意識を向けてみろよ。感じないのか? 河瀬が俺に話しかけているときだけ、クラスに流れるこの雰囲気。  ――なんで河瀬が、あんな根暗陰キャなんかに。  って、みんなが囁いているような、そんな空気があるっていうこと。  河瀬海來、お前は気づいていないだろ? 頼むからそれに気づいてくれ。そしてあわよくば、こんな俺に構うのをやめてくれ。  俺とお前は住む場所が違うんだよ。それくらい分かれよ。こんな底辺陰キャに構ってないで、お前はもっとキラキラしてろよ。  ――って、心の中ではそう言っているくせに。  そのたびに心のどこかで小さな痛みが生まれていることに、俺は気づいていたけれど気づいていないフリをして、今日も生きている。
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