卒業間近の自転車

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*-*-*-*-* 2月に入って、那奈は自主学習を休みがちになった。理由は簡単、彼のクラスが学年閉鎖になったから。彼が来ないのだから那奈も来ないのも当然だった。 でも理由はそれだけではなかった。那奈からのスマホのメッセージ。 『春田くんと付き合っちゃえば? 春田くんとふたりきりゲームでーす』 両想いでもないし。 仮に付き合ったとして、続かないじゃん? 教室には春田と私だけ。相変わらずペンと紙の音が響くだけ。 斜め右方向を見る。今日もアホ毛は健在だ。肩幅のある背中、骨ばった指でペンを握る。 春田は好きな人がいますか? いやいや。見ているだけでいい。 チャイムが鳴って、休み時間になって、上の階の2年生の教室から椅子を引く音やバタバタと足音が天井をつたって聞こえてきた。 でもこの階は3年生だけだから静かだ。ふたりきりの教室。 なのに。 扉の向こうでひそひそと声がした。女の子たちの声っぽい。ノックのあとすうっとドアが開いた。長い髪をハーフアップにした女の子と、その後ろにふたり。 「あの、春田先輩、受け取ってください」 その2年生の女子から差し出された両手に乗っていたのはいかにもチョコレートの箱だった。今日はバレンタインの日だった。 青天の霹靂とはまさのこのこと? まさか目の前で他の女子に告られるなんて想像したこともなかったから。 そのあと春田は丁寧に断った。進路が決まってないし、決まったにせよ浪人するにせよ、この地を離れる、いまはそんな気持ちにはなれない。そんなことを言っていたと思う。思う、というのは私も気が動転して、彼女の言葉を聞いているのが精いっぱいだからだ。漫画のワンシーンのような告白、でもそれは架空の世界ではなく、本当の出来事で、それを消化するのに必死だった。春田が断ってくれますように……そう願っていたから。 彼女がすみませんでした、と教室を去ってからも私たちは無言だった。ただペンを走らせていた。やっぱり春田は今、恋にはしゃぐ時期じゃないと判断している。やっぱり私はだめだと思った。だめだ……っていうことは。ぐるぐると考える。考えた末に私は気づいてしまったのだ、自分の本当の気持ちに。
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