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──何度も何度も、消そうとした。嫌いだった。見るだけで吐き気がするほどに嫌いで堪らなかった。自分の心のうちの柔く昏いところをくすぐられているようで、不愉快で堪らなかった。嫌いだった。とにもかくにも、嫌いで堪らなかった。
「──」
人は鏡だと言うくらいだから、向こうも俺のことはきっと嫌いだろう。俺が唾棄すべきとまで称するくらいの女だ、向こうも俺のことを吐き気がするほど嫌いだと思っているに違いない。そうだ、そうに違いない。そうであれ。否、そうでなくてはならないのだ。
そうでなければ、俺は。
「──」
手のうちには馴染んだスマートフォン。
震える手で、連絡先の削除メニューを押そうとする。
これで終わる。
これで終わる。
すべて終わる。
煌々と光る画面を見つめる。
すると、そのとき。
「!」
──、……無機質な、通知音。
送り主は見慣れ過ぎた見たくもない名前。一瞬現れた通知には、ひとことだけ短い文が記されていた。
『いつもありがとう、お兄ちゃん』
「──」
その文章を読んだ時に、腹のうちに昏いものが湧き上がるのを感じてぐっと眉間に皺が寄る。
……ああ、やっぱり俺はこいつが嫌いだ。名字を共にしなくとも、住まう地を共にしなくとも、同じ時を過ごさずとも。こいつは何より強い血の呪いで俺を縛り付けて離れない。こいつが悲嘆に暮れた時にまっさきに駆け付けるのはもう俺ではないのに。それなのに、こいつは。こいつは。いったい何のつもりで。
「──」
俺は怒りからか別の感情からか、奥歯を軋らせると『削除』の項目を選択した。
『兄』としての自分を終え、ひとりの『人間』として一歩を踏み出すために。
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