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花奏(かなで)、お前は私達夫婦の様に、立派な人間にならなければいけないんだ」 そう言って肩に手を置いた父の顔を、俺は未だに忘れられないでいる。 教育熱心な両親のもとに生まれた俺は、幼い頃から勉強漬けの毎日だった。 学校、塾、そして帰宅後も勉強ばかりの日々。 食事の時間でさえ気が抜けない。 なぜなら、父が突然復習と称して出題してくるからだ。 そしてそれが解けなければ、父が認めるまで部屋に閉じ込められる。 だけど、問題を解けさえすれば両親はニコニコと笑みを浮かべてくれた。 「さすが、私達の息子」 そんな誉め言葉を聞きたいが為に、俺は死に物狂いで努力した。 自主的に何時間も机に向かい、クラスメイトからの遊びの約束も全て断った。 そのせいで俺は孤独だったけど、俺には両親が全てだったから。 砂漠で一滴の水を求め彷徨う様に、俺はひたすらに両親の期待に応えようとしたのだ。 しかし、俺が中学生になった頃には、その僅かな愛も枯れ果てていた。 望まれていた名門私立中学の受験に失敗し、反対に出来のいい弟が成績をめきめきと伸ばし、全ての愛情はそちらに注がれるようになったのだ。 努力すれば報われるという言葉は、残念ながら俺の人生に当てはまらなかったらしい。 どれだけ頑張っても、あの頃のように褒めてくれなくなった両親。 挙句、どちらの育て方が悪かったのかと喧嘩が絶えなくなった。 そんな状況に、今まで頑張り続けていた俺の心はポッキリと折れたのだった。
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