プロローグ アイドル育成ゲームの世界に転生しました

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プロローグ アイドル育成ゲームの世界に転生しました

 わたしの名前は山敷藍(やましきあい)。  小学生の時は、よく男子から名前で揶揄(からか)われた。  やましき、あい。  (やま)しき、愛。  でもあの、わたし、やましく、やましくないんです。  やましくないよりの人間なんです。  だから。  何の因果か、前世で遊んでいた男性アイドル育成ゲームのマネージャーに転生しちゃったりしたんですけど。  わたし、自社タレントには絶対手を出しません。  出しませんから! 絶対!  そんなの、タブーだって知ってますから!  なのに……!   「ん……」  おそらくは、朝方であろうと思われる外の気配と。  耳元で、低音ボイスの(なまめ)かしい声が響いて、私はハッと目を覚ました。  柔らかい布団に包まれて眠っている私の――背中の部分がやけに暖かい。  えっ?  はっ!?  なんで……、私の背中に!?    私が担当するアイドルグループのメンバーで。  今年度見事抱かれたい男ナンバーワンアイドルの栄冠に輝いた男が!  私を背中から抱き締めながら素っ裸で寝てるんですかあああああ!?!?    ◇    さてさて。  話はだいぶ遡り。  これからするのは前世の話。      突然なんだと思うなかれ。  実は私、前世の記憶があってですね。  どう言う経緯で死んでしまったかとかは全く覚えていないのだけど、前世では普通に大手企業で営業としてバリバリ働いていた記憶があるのです。      そんな前世の私には。  イケメンアイドル育成ゲームアプリ厨という、あまり人には大っぴらに言えない趣味があった。      表ではバリキャリ社会人としての体裁をがっちがちに固めながら、裏では社会人として稼いだお金の大半をお布施として課金に回しまくっていたのだ。  こんな素晴らしいコンテンツを作ってくれてありがとう、このままずっとコンテンツを続けてね――という感謝の念と共に、周囲に隠れて日々こっそりゲームをプレイしまくっていた。    総額でいくら課金したのかは正直、考えたくない。  いや考えない。    そんな私が特に一番好きだったのが『UnitE(ユナイト)!!!』という男性アイドル育成ゲーム。    リリース当初は、5人組の新人アイドル『UnitE(ユナイト)!!!』を育てながらマネージャーとの関係値を育んでいくという【アイドル育成乙女ゲーム】という(うた)い文句だったにも関わらず、いつのまにか物語が進んでいくにつれ、恋愛要素が全くと言っていいほど排除されていったそのゲームは。    最終的にアイドルグループのユニット内の友情・ぶつかり合い、スターダムを駆け上がるまでの少年たちの葛藤を熱く描いた、スポ根アイドル育成ゲームへと移り変わっていった異例のソーシャルゲームだった。  私も最初は乙女ゲーム目的で始めたわけなんだけど。  でも、ストーリーを進めていくうちに、作り込まれたキャラクターの設定や家庭環境、それに絡まった隠された過去や謎があまりにも良くできていて、最終的に恋愛そっちのけで物語を追っかけていくようになったわけです。  そうして私がこのたび、転生? 憑依? したのは!  そのゲームのナビゲーター的な存在であり、プレイヤーのポジションに当たる、アイドルグループ『ユナイト!』のマネージャーである。    と言っても、私も最初っから前世の記憶があったわけではない。      あれ? これ、『ユナイト!』の世界じゃね――? と気づいたのは、この事務所に入社して、まさにこれから売りだそうとする『ユナイト!』の担当マネージャーに任命された瞬間のことだった。   『彼らが、今日から君がマネージャーとして担当することになる『ユナイト!』のメンバーだよ』 『…………えっ?』  と。  事務所の社長をやっている叔父から彼らを紹介された時に、ビビッと下りてきたのだ。  ――私は、前世でやっていた大好きなゲームの世界に転生したのだと。  そもそもこの事務所は、叔父が社長をやっている弱小プロダクションで、もともとは私の父が生きていた時に経営していた事務所でもある。    そんな父は私が幼い頃ある日突然交通事故で母と共に亡くなって。  私は叔父に引き取られ、叔父がそのまま父の事務所を引き継いで。  私は、ほとんど叔父に育てられたようなものだった。  だから私も、育ててくれた叔父のために、日本を代表するアイドルを生み出す手伝いをし、事務所を繁栄させます――!    というのが、このソシャゲのチュートリアルであるのだが。    私は、自分がこのゲームの世界の主人公に転生したことを悟った瞬間に――。  完全に、この世界では黒子に徹すると決めました!    前述したとおり、このゲームは展開が進むにつれ、まったくマネージャーとアイドルたちとの恋愛要素が皆無になっていく。  どうせ恋愛要素が絡んでくることがないのなら、マネージャーとして彼らを売ることに全力を尽くしてやろうじゃないか。    そうと決めたら、やるべきことは明確だった。    この業界、女性マネージャーがファンから目の敵にされるのは当たり前。  本来なら、女性が男性アイドルのマネージャーをすること自体、あまり好ましく思われないのだ。  なので私は、常日頃からなるべく地味な服装、地味なメイクで立ち回り、あくまで「マネージャーとしてのポジションから揺るぎませんよ! 彼らは商品ですよ!」と言う鉄の思いで常に彼らに付き添ってきた。    叔父からも「どうして突然そんな地味になったの……?」と不審がられたが、そんなことはどうでもよろしい。     「(おのれ)己とタレントの保身が大事だったからです!!」  とはっきり答えてやりました。    あとは単純に、私が仕事大好き人間だったということもある。  前世でもそうだったんだけど、努力した分だけ成果が実るということ、手をかけた分だけ携わった仕事が成長していく様をみるのがすごく好きなのだ!    だから、『ユナイト!』に関してもめちゃめちゃ営業したし、スケジュール管理を回しながら仕事もバリバリ受けて、彼らが成長していくのをすごく楽しく隣で見ていた。  最初は「なんだよこの地味女……」みたいな目で見られていたが、仕事で信頼を勝ち取った結果、今ではどこに行っても顔見知り。      そうして20代の大半を、彼らをスターダムにのし上げることに費やし尽くした結果。    ――やばい。  20代……、いやなんなら生まれてからこの方。  全く恋愛しないでここまで来ちまった――ということに気づいたのが現在である。    山敷 藍。  27歳。    『ユナイト!』も、紅白に出場できるくらいには知名度が上がってきた。  私も、そろそろ自分の幸せを追い始めても……、いいよね?
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