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「お腹がすいた」
同棲し始めたばかりの君のその言葉を聞く度に、なんだかちょっと責められている気がしていたの。
“まだご飯作ってないの?”とか”僕はもうこんなに待っているのに”とか、怠惰や準備不足を指摘されているようで、勝手に嫌な気分にさせられていたから。
「もう少しで出来るよ」
私は呪文のように同じセリフを繰り返していたね。それで許されるような気持ちになるために、頑張ってるんだぞってアピールをしていたの。
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その内にフライパンを握る手に指輪が光って、背中に小さな温もりを抱えながら配膳をして、ご飯を炊く量が増えて、油モノが少なくなって、そしてーー
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「お腹、今どのくらい空いてるのかな」
私はお仏壇の前で線香をあげた。
“仏様は香りでお食事をするんだって”
君が空腹を教えてくれなくても、私は炊き立てのご飯とお味噌汁を並べる。しわくちゃになった私は向こう側の君に後何回ご飯を作ってあげられるだろう。
「私は最近、自分のお腹の空き具合がわからなくなってね」
不意に、箸が転げ落ちた。
私はその箸を拾い上げることはなかった。
ーーおわり
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