捨て猫

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捨て猫

 今でも覚えている。人間の焼ける不快な臭い。熱さでのたうち回る父親。泣き叫ぶ母親の声は炎に包まれ消えた。地獄の臭いと光景は何十年経っても忘れられない。  煙草を咥え火を点ける度に甦る記憶。いい加減にしてくれ、と外に出ると小さな声が聞こえた。 「あの」 「ん?」  早朝七時半ごろ。  駅から数分歩くとある四階建ての古びたビル。其処から靴底を鳴らしながらスーツ姿の四十代の男が階段を降りる。残り四段の所に赤いランドセルを背負いセーラー服を来た女の子。緊張しているのか不安げな顔して立っていた。 「おや、迷子かな」  どうしたの、と屈め頭を撫でる。 「あ、あの……小鳥遊(たかなし) (やまと)おじいちゃんですか。えっと、その……(かつ)っておじさんからおじさんのことを聞いて」  和は頷く。 「それは多分、(まさる)だな」 「ましゃる?」  首を傾げる女の子にアハハッと笑い返す。階段を見上げ、やれやれ、とゆっくり上がり、手招きしながら向かうは――。  四階 『小鳥遊(たかなし)(アザミ)”事務所』  重そうな鉄の壁を押すと外観とは真逆なヴィンテージな空間。純喫茶を思わせる室内に女の子は目を丸くする。 「お店みたい」 「よく言われる。そこに座ってジュース持ってくる」  和は給湯室に入り、女の子の前にパックのオレンジジュースを置く。向かい合うようテーブル席に腰かけると足を組む。 「おじさんに話し聞かせてくれるかな」  それは子供らしい可愛らしくも悲しい話だった。
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