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今日の催しは、事前にチケットを購入してくれているお客様だけのパーティーなので、やって来たお客様から、チケットを受け取って案内する。
案内は、慣れた海人と空知が引き受けてくれたので、春馬と大智は飲み物を提供して、足りなくなった料理や皿を準備する。
見知った者同士の砕けた空気感で、会場は盛り上がっていた。
花火が始まり、程よく食事を終えたお客様達は、順番にテラスに移動していった。
食事の波が一旦納まると、自然に、飲み物の提供が多くなる。
海人も空知も、飲み物提供にまわってくれたので、大智は花火に飽きた子供たちと、かき氷づくりを楽しんでいた。
花火が終わって、それぞれにお客様は帰った後、何故か…グデグデに酔っ払った春馬が取り残されていた。
「…… なんで」
大智が、その様子に、呆然とそう言うと。
「ね、本当に不思議ちゃんでしょ」
「いつの間に飲んだンだろうね」
海人と、空知が、頷きながら同意してくれた。
空知が、春馬を椅子に座らせながら、苦笑いをしていた。
「あっ、俺が今晩預かります、こんなに酔っ払って、夜中に何かあっても嫌なので」
大智が、春馬を引き取ると言うと、海人も空知も顔を輝かせて感謝してくれた。
よくよく聞けば、明日から旅行の予定で、今日は春馬の面倒を見られないので、どうしようかと思案していたという。
お互いの利害が一致したので、誰も疑問を挟まずに、話しは決まった。
そんなわけで大智は、浴衣のしどけなく着崩れた春馬を、家に連れて帰ることになった。
明日、店は、臨時休業なので、店の中をざっと片付けると、細かいことは、正気に戻った春馬にやってもらうことにして、三人は解散した。
楽しそうに振り向いて手を振る、海人と空知と別れて。
愛車のミニローバーの助手席に春馬を乗せると、シートを少し倒して、シートベルトをかけた。
大智は、運転席に乗り込むと、静かに走り出した。
大智の住まいは、海を臨む丘の上にあるマンションの最上階、ペントハウスだ。
小学生のころから、祖父に薦められて、株式投資をはじめた。
自分で株を運用して出来た、少々纏まったお金で、大学進学の際に気に入って購入したものだ。
たまに家族がやって来るが、友達を招いたことは無い。
「春馬さん、着きましたよ、歩けますか?」
ぼんやりと目を覚ました春馬の手を取って、立たせる。
そのまま、体を支えながら、エスカレーターに乗った。
ぐったりと力の抜けた春馬をベッドに寝かせる、きつく結ばれていた帯をほどくと、浴衣のあわせが、はらりと開く、起こして服を着直させるのは難しそうなので、合わせだけ戻して、ブランケットをかけた。
空調を整えて、しばらく春馬の様子を観察する。
苦しそうな様子はなく、スース―と寝息を立てている。
そっと、頬に触ってみた、熱い体温に戸惑う。
手を触ってみると、驚くほど冷たかった、その手をブランケットの中に丁寧にしまう。
寝室を出て、必要になるだろう、タオルや洗面器、水などを枕元に置いて、冷感シートをおでこに貼った。
浴衣を脱いだが、どうしていいのかわからないので、とりあえずハンガーにかける。
シャワーを浴びて、いつもの部屋着に着替える。
広いベッドなので、一緒に入れてもらうことにした。
だって近くに居たいから。
春馬に寄り添って、寝顔を眺める、長いまつげが静かに閉じられている。
赤く上気した頬に、左目尻のにある小さな黒子が、やはり印象的だ。
口は半開きで、息をするたびに、肩や胸が上下している。
「春馬さん、そんなに美味しそうだと、俺、食っちゃいますよ」
静かに呼びかけてみたが、春馬に起きる様子はない。
そのまま、春馬を見つめている間にいつの間にか、寝てしまった。
次の日、目を覚ました春馬は、痛む頭を抱えた。
見上げた天井も、大きなベッドも見たことのないものだった。
そして隣には、ピチピチのイケメン……東条大智が寝ている。
しかも、時分が着ている浴衣は、腕しか通ってない。
何があった?
昨夜、何した?
何コノ『朝チュン』?
「おはようございます」
寝ていたはずの大智が、目を開けて、じっと春馬を見ていた。
「お……はようございます」
ギギギと音が鳴りそうなほど、ぎこちなく大智を見る。
大智は、噴き出して笑い出した。
「ナンもしてないです」
「え!」
「さすがに、あんなに酔っ払っていたら手は出せないです」
「そっ……そうだよな。あ? は? 」
ベッドを軋ませて起き上がった大智は、そのまま春馬に覆いかぶさった
「でも、今はいいですよね、目が覚めたみたいだし」
「ほぇ」
至近距離で、見下ろされる。
大智の黒い目に吸い込まれる。
見上げた先で、大智の眼が揺れる。
「好きです、春馬さん、俺を意識してください」
声が出せない、息をするのも戸惑われるような緊張感だった。
「聞こえました?」
その迫力に、生唾を飲み込むように頷くしかなかった。
フッと、大智の空気感が変わる、優しいいつもの雰囲気になった
「具合どうですか? 頭痛くないですか」
そういいながら、大智は、春馬の上から起き上がった。
ベッドから降りると、春馬を引き起こし背中にクッションを入れて、座らせる。
水のペットボトルのキャップを緩めてから、わたされた。
「ちょっと、何か食べられますか? 味噌汁とか作りましょうか。それ食べたら、薬飲んで、もう少し寝てください。」
てきぱきと指示をして、大智は、部屋から出て行った。
春馬は、大智の出て行った扉を眺めながら、水を飲んだ。
「……王子様いた」
そのまま天井を見上げると、そこにゆらゆらと揺らめく、水の波紋が見えていた。
カーテンが閉められているので、外にある水面が、天井に反射するはずがないし、水辺の近くというわけでも無さそうなので、部屋の中をキョロキョロと見まわす。
床におかれた丸い照明器具のようなものから、その水紋は映し出されていた。
頭を動かすと、ズキズキ痛むので、できるだけゆっくりと、ベッドを降りて、そこまでそろそろと移動する。
丸い照明器具は、家庭用のプラネタリウムプロジェクターのようなものだった。
光の上に、手をかざして、水紋の光をさえぎってみた。
春馬の手のひらに、水紋が映った。
「なにしているンですか?」
上から声をかけられて見上げる、大智が不思議そうに見ていた。
「コレいいね」
「気に入りました?」
「うん、オランダの部屋みたい」
「オランダですか?」
「うん、高校卒業して。
元カレを追いかけてフランスに行ったンだけど、その人はすぐ日本に帰ってしまって。
俺は、帰れなくて。
フランス料理の店でアルバイトを始めて。
EU諸国の中をウロウロしながら、いろんな国の料理店でバイトした。
オランダのアムステルダムでは恋人ができて。
その人の部屋が、水路のそばだった。
一日中ベッドで過ごすと、昼過ぎには、天井にこんな風に水紋が映るンだよ」
大智が、春馬の横に来てしゃがみこんだ。
「わざと言っていますよね」
そう言ったまま、大智は暫く黙り込んだ。
ゆっくりと、深く息を吐きだして、春馬を見ずに聞いた。
「あとは、どこに恋人がいたンですか?」
「ベネチアの人が一番長かったから、イタリア料理が得意」
春馬は、わざとあざとくそう言った。
「わかりました」
静かになった大智の横顔を見る、ギュッと唇をかみしめていた。
「俺、おじさんだよ、大智には、もっといい人がいる、やめておけよ」
それを聞いた大智は、急に顔をあげて抗議する。
「もっと、考えてから言ってください、返事早すぎます」
幼い表情と、その言い方に、ついついほだされてしまう、少しぐらい胸の内を打ち明けてしまってもいいか…… と思う。
「考えたら、返事できないよ」
「どうしてですか?」
「どうしてって……大智君、王子様みたいだから」
「好みのタイプって解釈でいいですか?」
さっきまで、しょんぼりして大智は、急に元気になった。
「はぇ?」
「じゃあ、諦めません。味噌汁インスタントでいいですか?」
大智は、唖然とする春馬ににっこりと笑って見せた
「ポジティブだね」
「褒められました♡」
大智の見えないしっぽがブンブンと振られているような気がして、春馬は頭を抱えた。
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