第24話 良き日に

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第24話 良き日に

 誘拐騒ぎから一か月ほどが経った冬の初め。  王宮の神殿前広場で、イリーナとゼノンの結婚式が行われた。  もちろん、彼らは既に結婚しているので、儀式的な事を極力省いたお披露目式のようなもので、騎士たちがテーブルや椅子を神殿前の広場に運んで作った、立食形式の青空パーティだった。  澄みきった冬晴れの空の下、瞳の色と同じすみれ色の花嫁衣装に身を包んだイリーナと、白鷲騎士団の白い制服を着たゼノンが神殿の扉から出てくると、広場で待っていた騎士たちがワッと歓声を上げた。  歓声は、祝福の声だけではなかった。  普段は前髪で顔の半分を隠しているイリーナが、亜麻色の髪をきれいに結い上げて、すみれ色の瞳を露わにしていたからだ。  イリーナの素顔を見て、騎士たちがざわざわする。 「あの子、あんなに可愛かったんだぁ」 「うわぁ~、団長、上手くやったッスね!」 「ほら、一年前の歓迎会を覚えてるか? きっと団長は、あの時彼女の素顔を見たんだよ!」 「そうか! それでずっと彼女の顔を隠してたんッスね!」 「いや、違うよ。俺たちが酔いつぶれた彼女の顔を見ようとしてたら、団長が、すかさず仮眠室に連れて行ったじゃないか! あれは絶対、前から知ってたんだよ!」  様々な声が飛び交う中、ゼノンの腕に手を添えてテーブルの間を歩いていたイリーナは、視線の集中砲火を浴びて目を白黒させていた。  初めて前髪を全開にした日に、こんなにたくさんの人から注目されて、イリーナは居たたまれない気分だった。  思わずゼノンの影に隠れようとしていたら、目の前に真っ赤なバラの花束が出現した。 「わっ、きれい……」  ()いている方の手で花束を受け取ってしまってから、バラの花の向こうに贈り主の顔が見えた。 「アレク先生!」 「おめでとう、イリーナ! もし恥ずかしいなら、花で顔を隠してると良いよ。棘は抜いておいたから安心して!」 「あ、ありがとうございます!」  アレクの気づかいにイリーナの目が潤む。さすがは一年以上一緒に仕事をしてきた上司だ。イリーナの気持ちをちゃんとわかってくれている。  感激に震えていると、彼がイリーナの耳に顔を寄せてきた。 「逃げたくなったら遠慮なく言うんだよ。いつでも連れて逃げてあげるからね!」 「ひっ……」  すぐ隣に夫がいるというのに、いつもながらアレクの冗談は度が過ぎている。  ゼノンがいくら寛容な夫でも、結婚披露の席でこういった冗談を聞かされたら、気を悪くするに違いない。  実際、イリーナの右側から冷気を伴う圧がじわじわと忍び寄って来ている。 「アレク・ナイマン治療師殿、お祝いをありがとう」  細めた目をキラリと光らせて、ゼノンがお礼を言う。 「いえ。同じ救護室の仲間には幸せになって欲しいですからね」  アレクはにっこりとゼノンに笑みを返す。  二人の間でイリーナがあわあわしていると、周りを囲んでいた人垣が割れて、青色の略礼装に身を包んだノエル王子が颯爽と現れた。 「やぁ、ゼノン! イリーナ! おめでとう!」 「殿下!」 「あ、ありがとうございます」  イリーナが腰をかがめてお礼を言うと、ノエルが口元をほころばせた。 「聞いたよイリーナ。これからも仕事を続けてくれるんだって?」 「はい。討伐にも参加して、騎士団のお役に立ちたいと思っています。閣下に相応しい妻にはなかなかなれないですが、せめてお仕事のお手伝いがしたいのです」  決意表明のようなイリーナの答えを聞いて、ノエルは思わず苦笑した。  イリーナがミレシュやミランダたち女性陣に囲まれるのを待って、ノエルはゼノンに耳打ちした。 「ねぇ、奥さんに、十年前から好きだったって言ったの?」 「は? 殿下、いくら何でも十年前から好きだった訳ではありません。せいぜい三、四年前からです」  生真面目なゼノンの答えに、ノエルはまたまた苦笑する。 「そうじゃなくてさ、僕が聞きたいのは、奥さんにちゃんと好きって伝えたのかって事だよ」 「は……毎晩、愛を囁いているつもりですが」 「毎晩? それであれ? ちゃんと伝わってないんじゃないの?」 「そっ、そんなはずは……」  ゼノンは慌ててイリーナの方へ目を向けた。  女性陣に囲まれてイリーナが笑っている。  その姿は、とても幸せそうだった。  ────この物語は、希少な魅了眼(まほう)が使える(イリーナ)と、彼女を支える魔法騎士の(ゼノン)の、波乱多き人生の最初の物語である。                 end
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