料理をありがとう

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料理をありがとう

「参ったなこりゃ。誰か来ねえかな・・・」 淳蔵(あつぞう)は食堂の椅子に座り、テーブルに頬杖をついて他の"天使"を待っていた。 ここは"ルーナ・ラウィック"と呼ばれる我楽多が組み合わさって作られた歪な城。"異能力"と呼ばれる、人間にはない特別な能力を持つ"天使"が住む摩天楼。淳蔵自身もその天使の一人だ。自身を鴉に変える力と、風を操る力、{鴉風(クロウストーム)}を持っている。現在、空を飛行中のルーナの周りに鴉を飛ばして『なにか変わったもの』はないか探しているが、見えるのはソーダのような空と、そこに浮かぶわたあめのような雲ばかり。 「腹減ってるわ、俺・・・」 淳蔵は情けない声を出した。彼の欠点の一つに『料理ができない』というものがある。自分で作ると何故か半生か黒焦げの、食べ物を侮辱するようなモノしか作れない。書物を好む彼らしくない意外な欠点である。"知識"と"技術"は別、ということなのだろう。 「おっ?」 食堂に一人の少女が入ってきた。白金から毛先に向かって紫が混じる長い髪を頭上でツインテールにした少女。瞳はオパールのような白。オパールの持つ遊色効果のように、見る角度によって色が変わる。その瞳が淳蔵を捉えた。 「淳蔵さん、またお腹を空かせてるの?」 「正解」 「じゃあ、アタシが作ってあげるよ」 少女の名前は梦視侘(ゆめみた)聖愛(まりあ)。"音"全般に関する異能力、{偶像兎の醒めぬ夢(ザ・アイドルラビット)}の持ち主。異能力の一つとして、聖愛が歌うとその歌詞が現実になる。聖愛の腰につけたスピーカーから、彼女の歌に合わせてメロディーが流れ始めた。 「♪いざ進めやキッチン  ♪めざすはジャガイモ  ♪ゆでたら皮をむいて  ♪グニグニとつぶせ」 あ、キャベツを忘れるヤツだ、と淳蔵は思った。これはコロッケの歌だ。最後に添え物のキャベツを忘れてしまう歌。聖愛は歌い続ける。 「♪小麦粉 卵に  ♪パン粉をまぶして  ♪揚げればコロッケだよ  ♪キャベツはどうした?」 歌の通り、食堂に併設されたキッチンの道具や食材が動き、コロッケができあがる。しかし、そこで終わらなかった。 「♪まだまだあるメニュー  ♪鍋の熱いプール  ♪スパテッゲィ泳がせたら  ♪ザルにあげて OK」 淳蔵は歌の続きを知らなかった。タマネギ、ピーマン、ハムが包丁で切られて、フライパンで炒められ、塩コショウで調味され、ケチャップも混ざる。 「♪ウットリするママ もう我が家のシェフ  ♪食べればペロリーヤ 赤いナポリタン」 歌が終わる。コロッケとナポリタンが出来上がった。 「素敵だ。僕のために歌をありがとう」 淳蔵はにっこりと微笑んだ。 「アタシはお水を飲みに来ただけだから、気にしないでね」 淳蔵は察した。二人の間に壁か、溝があることを。聖愛もそれを感じていることを。聖愛は言葉通り、食器棚からグラスを取り出すと水を汲み、ゆっくりと、身体に染み渡らせるように飲んだ。 「グラスは洗っておくよ」 「いいの?」 「料理のお礼だよ」 「じゃあ、甘えちゃおっかな。淳蔵さん、またね」 「淳蔵でいいよ」 聖愛はほんの少し目を見開いた。 「アタシも、聖愛でいいよ」 「またね、聖愛」 「またね、淳蔵」 聖愛は完璧な笑顔と完璧な可愛らしい仕草で食堂を出ていった。食事にありつけた淳蔵は、ほっと息を吐く。 「流石に毎回誰かに作ってもらうのはまずいよなァ・・・」 ルーナに来てから食べているものといえば、パンにマヨネーズを塗って、千切ったレタスや不器用なりに切ったトマトと、ハムやチーズを挟んだ簡易的なサンドイッチばかり。たまには温かいものも食べたくて、ある意味弱味を晒すような行為をしている。 「聖愛、ね・・・」 綺麗な歌声の少女。 「うん、美味い」 独り言ち、淳蔵は温かい食事に身も心も満ち足りたのだった。 ─────── 挿入歌:お料理教室 歌  :YUKA 作詞 :森雪之丞 作曲 :平間あきひこ
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