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ゆりかご
黒い瓦の総檜造りの和風家屋。母屋の離れには鹿おどしが響き、白に朱色の錦鯉が揺らぐ瓢箪池、辰巳石の門構え、赤松の枝が曲がりくねり空を目指し針葉樹の陰を作る。深緑のヤツデ、密やかな刈安色の石蕗、珊瑚色の石楠花、白い灯台躑躅の垣根、前庭には青々とした芝生が広がる。
「菜月、菜月」
軒先に揺れるハンギングチェアはゆりかごのように揺れて菜月を眠りに誘い、その手には臙脂色の装丁が擦り切れた赤毛のアンがあった。
「菜月」
菜月の頬は薄紅色、淡い茶色の眉は横に真っ直ぐと伸び、長いまつ毛の二重まぶたに琥珀色の瞳、鼻筋は通り、唇はぽってりと愛らしい。薄茶の巻き毛のそれはまるで美しいセルロイド人形のようだった。
「菜月」
午後の日差しに彼女の顔を覗き込むのは、菜月と血の繋がらない弟の湊だ。
「菜月、起きて」
湊は面長で色白、眉は黒くアーチを描き、切長で一重の黒い眼差しを優しく見せる。鼻筋はスッと伸び、薄い口元、髪は黒く緩やかなカーブを描き襟足は短く刈り込まれている。
「起きて、菜月、もう帰る時間だよ」
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