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「猫好きだよ。可愛いよね……」
「あーっ! ゆらりさん、猫好きなんだー!! 俺もっ!!」
岩橋くんが話に入ってきた。
放課後の教室に、岩橋くんのよく通る声が響く。教室を出ようとしていた女子が猫という単語に反応して、こちらに顔を向けた。
(岩橋くんってば、声が大きい! 音量を下げてくれないかな……)
水都も同じことを思ったらしく、不機嫌な声で文句を言った。
「うるさいんですけど」
「俺んちさ、猫三匹飼っているんだ! 見る?」
岩橋くんはわたしの返事を待つことなく、スマホの画面を見せてきた。
そこに映っていたのは、大きな猫一匹と、子猫二匹。身を寄せ合って眠っている。同じ縞模様なので、親子だろうと思われる。
「わーっ! すっごい可愛い!!」
「アメショーなんだ。俺に懐いていてさ。チョー可愛いんだ。あっ、今夜さ、見に来る?」
「え? でも……」
「俺んちさ、徒歩五分以内で来れるから。アレの後、寄って行ってよ」
「迷惑じゃない?」
「全然! むしろ……」
岩橋くんは、わたしの耳に顔を近づけた。
「ゆらりさんなら大歓迎!」
「丸聞こえ。内緒話の意味なし。ゆらりちゃんの耳が腐るから、声を吹き込むのはやめてくれない?」
「いいじゃんかよぉー。っていうか、腐るってなんだよ⁉︎ 俺のミラクルボイスに痺れる女子が、全国に百万人はいるっていうのに!!」
水都は他人の感情に敏感だから、相手が気分を悪くすることをストレートに言うことはない。
その水都が「耳が腐るから……」なんて、文句を言ったことに驚く。それに対して岩橋くんが、ヘラヘラと笑って全然気にした様子がないことにも。
(この二人は相性がいいみたい。水都、良かったね!)
中学時代はどうだったのか知らないけれど、わたしの思い出の中の水都には友達がいなかった。
岩橋くんの物事を気にしないところがかえって、水都にピタリとハマるのだろう。
「全国に百万人っていうけど、どうやって統計をとったの?」
「えっ! そこ、ツッコんでくる⁉︎ 流してよ!!」
「じゃあ、別なところをツッコむけど、ミラクルボイスって自称?」
「自称でいいじゃん!」
二人のやりとりがおかしくて、仲の良さが微笑ましくて、わたしは唇に指を当ててクスクスと笑った。
「二人の関係って、尊いね」
一瞬の沈黙の後。水都が、
「いや、尊いのはゆらりちゃ……」
「ゆらりさんの笑顔のほうが尊いからーっ!! 可愛い可愛い、めっちゃ可愛い! でも前髪で目が隠れているのが残念すぎる!! 今日の夜、俺の家に絶対に来て! どんなふうになったか確認したい!」
水都の声に被るようにして、岩橋くんがキラキラした目で叫んだ。勢いに押されて、つい同意してしまう。
「う、うん……。終わったら、行くね」
「なにを確認するって?」
水都の声が低い。不機嫌になっている。
──お客様に入っていない美容師のカット練習で、今夜、岩橋くんのお父さんが経営する美容室に行く約束なんだ。
そう説明しようとしたら、岩橋くんが、キザっぽい仕草で短い前髪をかき上げた。
「ふふん。教えられないなぁ。俺とさらりさん、二人だけの秘密だから」
「もぉ、変なこと言わないで!」
ジトっとした水都の目が怖い。わたしは慌てて、カット練習に付き合うのだと説明したのだった。
(岩橋くんっていい人だけど、困る……)
昇降口でため息をつきながら靴を履き替えていると、すぐ近くの廊下を魅音が通りかかった。急いで呼び止める。
「魅音!」
「うちの名を呼ぶ声がしたような? 空耳かな?」
魅音の制服の袖を引っ張って、歩みを止めさせる。
「なに? 空耳が起こる理由についての蘊蓄を聞きたいとか?」
「違うから! そうじゃなくて、【ん】さんのコメントにあった、猫を貸すって話。おかしいから! 魅音の猫って、全然おとなしくないし! わたし、十回ぐらいひっかかれたよ!!」
「うちの前では、おとなしい猫なんですけどねぇ」
魅音の猫は触られるのが嫌い。うっかり手を伸ばそうものなら、毛を触る前に鋭い爪で引っかかれる。
とぼけ顔の魅音に、わたしは疑問を投げる。
「なんであんなコメントを入れたの?」
「だって、ぜーんぜん仲が進展しないんだもん。つまらない。退屈」
「大体、猫は無理だよ。水都、猫、嫌いだもん」
「そうなの?」
「うん。子供の頃、散歩している猫を見て、怯えていたもん」
「そっかー。じゃあ、別な方法を考えないと。どうやって水都くんの家に行かせて、キスするシチュを作りましょうかねぇ?」
「えっ⁉︎」
「うち、部活行きまーす」
魅音の視線がわたしの頭を超えて、背後にあるなにかを見ている。
振り返ると──水都がいた……。
魅音はひらひらと手を振って、楽しそうに部活へと行ってしまった。
わたしと水都は気まずい顔をして視線を外していたのだけれど、しばらくして水都がボソリと言った。
「一緒に帰りたいと思って……追いかけてきました……」
「…………」
「一緒に帰れる?」
「うん……」
わたしたちは並んで、学校を出た。
わたしのアパートの近くで別れたのだけれど、会話は学校の勉強に関することだけで、魅音の話はどちらもしなかった。
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