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「再来週のさ、ミニマラソン。面倒くさいよね。普通でもつらいのにさ、学校の裏にある山に登るってしんどすぎる」
「え……」
てっきり水都のことを言われると思ったのに、杏樹は、一年生参加必須のミニマラソンの話題をだした。
彼女は顔の大きさに比べて鼻が大きい、その横顔を見つめる。
「休みたいけどさー、あたしの親ってうるさいんだよね」
「そうなんだ……」
「ゆらりちゃんはいいよね。足、早いから」
「えっ……。で、でも、百メートルは得意だけど、三キロはちょっと……」
「三キロも走るなんで、マジ死んじゃうよねー」
友達のような会話の内容にも驚くけれど、わたしのことを「ゆらりちゃん」と呼んだことに衝撃を受ける。
(ずっと、ぶらりって呼んでいたのに……なんで?)
杏樹がなにを考えているのかさっぱりわからなくて、逆に怖い。なにを企んでいるのだろうと、勘繰ってしまう。
一年一組の前で、杏樹は足を止めた。
「あ、そうだ。数学の教科書、忘れてちゃってさ。貸してくれない?」
「あー……、う、うん……」
これが目的か……と、腑に落ちた。教科書を借りて、意地悪な言葉を書き込む気なのだろうと思った。
小学校の頃、そうされたから──。
教科書に書かれた意地悪な言葉の羅列。『バカ!』『死ね!!』『ブスのくせに調子に乗るな!』『みんなの嫌われ者!』『学校に来るな。迷惑』
癖のある字。杏樹が書いたのだとわかった。
数学の教科書を貸したくないけれど、嫌だと言ったら杏樹になにをされるか怖くて、貸してしまった。
貸した教科書が返ってきたのは、二時間目の休み時間。
数学の教科書をパラパラと開いて、中を確認する。
──なにも書かれていなかった。
「なんで……」
杏樹が話しかけてきた意図がわからない。今さら、仲良くなりたいわけではないはず。
驚くことは、さらに続いた。
休み時間に、廊下やトイレで杏樹と会った。杏樹は笑顔を向けてきた。わたしの隣に魅音がいるせいか話しかけてくることはなかったけれど、その笑顔は親しげなもので、どう受け止めたらいいものか困惑してしまう。
思いきって、魅音に相談した。
「川瀬杏樹がねぇ……。ふ〜ん。ま、三組の子に聞いてみるよ」
「うん。ありがとう」
なにもされないことに不安を感じるなんて変だけれど、今までのことがあるので警戒してしまう。
翌日。魅音が報告してきたのは意外なものだった。
「川瀬杏樹、野球部の谷先輩が好きなんだってさ。見かけるたびに、きゃあきゃあ騒いでいるらしい。あの先輩って、ラクダみたいな顔じゃん。どこがいいのか、うちにはさっぱりわからん」
「そうなんだ……」
「水都くんのことを好きだって言っていたのに、なんでって感じ? ゆらりと水都くんが一途なだけで、好きな人が変わるのは普通だから。って、いうか!! だったら、うちはなに⁉︎ 好きな人がいないんですけど! 鈴木亮平がものすごーく好きなんだけど、二割でいいから、似た男子はいないのかね⁉︎」
「ちょっと、わたしにはわからない……」
鈴木亮平似の男子がいないことを嘆く魅音はさておき。杏樹が、野球部の先輩を好きになったことにホッとした。
(だったら、水都と仲良くしても大丈夫だよね?)
水都から一緒に帰ろうと誘われても、人目が気になって、断ってばかりいた。水都はSNSで嘆いていて、それは多分わたしのことを指していて、申し訳なく思っていた。
【ん@supenosaurusu・10月3日
今日もまた断られた。距離が全然縮まらない。どうしたら一緒に帰れるんだー!!】
「あれ? 魅音がコメントを入れている」
今朝、見たときには気づかなかった。
【ん@supenosaurusu・10月3日
今日もまた断られた。距離が全然縮まらない。どうしたら一緒に帰れるんだー!!】
↓
【わおーん@songlove12・10月3日
猫が好きらしい。家に猫がいるからウチ来ない? って誘ったら?】
↓
【ん@supenosaurusu・10月3日
ウチに!?】
↓
【わおーん@songlove12・10月3日
向こうは奥手だ。このままでは進展しないぞ。強引に行け!】
↓
【ん@supenosaurusu・10月3日
はい! でもウチに猫いない;_;】
↓
【わおーん@songlove12・10月4日
うちの猫を貸す。おとなしいから大丈夫】
↓
【ん@supenosaurusu・10月4日
救世主! ありがとうございます!!】
なにこのやり取り!!
おかしくて笑っていると、水都が寄ってきた。
「どうしたの? なにかおもしろいものを見つけた?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど……」
スマホを制服のポケットにしまっていると、水都が軽く咳払いをした。それから、緊張しているとわかる硬い声で質問してきた。
「ゆらりちゃん。猫、好き?」
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