翔優のアルバイト

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翔優のアルバイト

あれから時は経ち、藤波は30歳になり、翔優は28歳になっていた。 橘アキの所在は掴めなかった。 実家のある地域は大地震による津波で流され、家屋はなくなり、土地の境界線すらわからなくなっていた。 内陸に避難したり地元から離れる人も多く、お互い近所の人がどうなっているかわからないままのようだった。 翔優は、高校時代の同級生から調理のアルバイトを頼まれた。 「やった方がいい。君のような変わった経歴に賃金を払ってくれる人なんて、なかなかいないから」 そう言って、送り出した。 クリスマスの繁忙期に向けて、12月から働き始めていた。 アルバイトなので、時間も短く出勤日も少ないが、翔優にはちょうど良かった。 夕食の会話にもレパートリーが増えた。 翔優はバイト先の料理を練習して、それがそのまま夕食になっていた。 しばらくはフランス料理が続く。 ワインを飲む機会が増えた。 「今日はちゃんと働けたかい?」 毎回、親のようにこの質問から始まる。 「はい。今日は、初めて一緒になったバイトの男性がいました」 「へぇ。どんな人?」 「橘莉音さん。大学4年生で、宇宙の研究をしていると」 橘……宇宙……。 まさか。 大学4年生なら、年齢的にも合う。 「もしかして、要芽さんが探している橘さんかと思い、写真を撮ってきました」 差し出されたスマホの画像を見た。 若かりし獅堂の面影があった。
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