異世界に転移した僕と、サバトラ猫獣人の月華

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異世界に転移した僕と、サバトラ猫獣人の月華

 じゃぶじゃぶじゃぶ。  透け感のある繊細な生地でしつらえられた、遊郭特有の緋色の襦袢を押し洗いする。雪が降る寒い時期でも関係ない。井戸の冷たい真水を張った桶に両手を入れて、時間をかけて丁寧に洗う。  手は凍ったみたいにかちこちになって、全身の感覚までなくなりそう。  でも辛くはない。だって、もうすぐ優しい人がここにやってくるから。 「毬也(まりや)! 洗濯当番終わったか?」  最近少し低くなった声で聞かれると同時に、背中に温かい重みがかかった。ふんわりと抱きしめられて、冷え切った体にぬくもりが染み込んでいく。 「月華(げっか)。もうすぐだよ。あとは干すだけ。月華は床の拭き掃除、終わった?」  顎を上げて背後を見上げれば、三角耳をぴくぴくさせて、琥珀色の瞳をきらきらと光らせている(だんしょう)見習いの(したばたらき)仲間の月華の顔。  僕の太ももにぱたっぱたっと当たる長い尾は、襟足を伸ばした髪色と同じ銀灰色で、黒毛の縞がある。  月華は人間ではない。サバトラ猫の獣人だ。獣人なんて物語の世界だけだと思っていたけれど、ここではこれが当たり前。  この世界は人間と同じ容姿に動物の耳と尾を生やす者が暮らしていて、彼らは換毛期以外に月に一度の決まった時期と、精神が高ぶったときなどにも獣化(じゅうか)を……つまり完全な獣姿になる。  この世界において珍しいのは僕の方で、ここでは逆に人間の僕が「ケダモノ」と呼ばれて成獣(おとな)たちから嫌われている。耳も尻尾もなく獣化もできない、異質な生き物だからだ。 「ああ。十六夜(いざよい)と当番だったけど、あいつ栗鼠(りす)だから小さいだろ? 一度に拭ける範囲が少なくて、俺がほとんどやったんだ。おかげでこの真冬に汗をかいたよ」 「どおりで。月華の体、ぽかぽかしてる」 「だろ? 毬也を温めてやる!」  僕の体をくるっと反転させ、真っ白な皮膚に黒縞の紋様が入った腕でぎゅう、と抱きしめてくれる。頬もすりすりと寄せてくれて、くすぐったいけれどあったかい。  ざらざらした舌で鼻の頭や唇をぺろぺろと舐められるのは未だに慣れないけれど、月華は猫獣人だから、これが親愛の表現なんだ。  ─────あの日も、そうだった。  
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