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「彼の姿を描いたんだけど、見てみる?」
普段は私が彼女の画廊まで出向くんだけど、そう言うと彼女は「直ぐに行くから待ってな!」と電話を切ってしまった。それどころか本当に急いだのだろう彼女は直ぐに現れて、絵を見ると黙り一時間以上が過ぎる。
ボーっと彼女が絵を眺める時間が過ぎたかと思ったら、場所を移動して様々な角度から眺める。その光景を見ていると戦った私は眠くなって彼女の姿を見ながらうとうととしてしまう。
ふっと視界が暗くなったと思って目を開けると画商の彼女が目の前で私の肩を掴んでいた。
「この絵、売ってはくれないんだよね?」
彼女もわかっている口振りなので「うん。残しておきたい」と私が言うと非常に残念そうにもう一度絵を見つめ「人には売らないから」と再度交渉を持ち掛けるが「ごめん」としか返さない。
「流石にハツコイで片思いの彼はもう誰にも渡したくないのか」
ため息交じりの彼女の言葉。
「違うよ。これは売れるもんじゃない。私の心なんだから」
「恋のことは反論しないね。これまでは違うって言い張ってたのに。自分でも観念したのかい?」
昔からの言い合いの一つを言われて、私は黙り込むけど、それが答えでもある。
私は彼に恋をしていた。もう嘘は付かない。
あの頃に告白でもしていたのなら状況が違っているのかも。叶ってもそうじゃなくても違う人生を歩んでいた気がする。例えその場所に絵が無くても。
「そんなに好きなら今でも探してしまえば? 貴方は有名人なんだからそのくらいの我儘も通るんじゃない?」
「構わない。もう彼が幸せになってるならそれで」
「本当に彼が幸せになってたら泣くことしかできないくせに。あたしが探してみようかな」
多分私は彼が幸せだったら、彼女の言う通り泣いてしまうんだろう。もう随分と昔の恋をこじらせたのだから。そのくらいに好きな人だったのだから。
「運命でもないと再会なんて考えられないからさ。会いたいけど、一番会いたくない人なんだよ。絵だけでも難しいくらいに」
私たちは絵だけを見ながら話していた。
「これはやはりあたしが会わせるしかないか。今のまんまで良いのかい?」
隣の彼女が慎重で嘘のない言葉を綴っている。
「悪いよね」
軽く笑い返すけれど解り誰も怒ることはなくてにこやかになるのは互いにもう美しいその絵に負けていた。
おわり
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