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 中性男子。それは数百万人に一人の割合で生まれる、特異体質者。普段は一般男性となんら変わりないが、ひと月に一度女性特有の二十八周期と同様に彼らにも【月精(げっせい)】と呼ばれるものが巡ってくる。その期間、三日。その間は男性機能が著しく減退するため、射精することができない。  彼らはⅠ型とⅡ型に分かれ、Ⅱ型に至っては全体の一割にも満たない。またⅡ型にだけ見られる特徴として、左右どちらかの鎖骨の下に【種印(しゅいん)】と呼ばれる、涙マークに似た形の痣がある。またⅡ型は非常に見目麗しく、容姿端麗であることが特徴だ。  中性男子Ⅱ型はその数の少なさから希少種とされ、月精期間中に男性と交わった場合のみ、ごく稀に妊娠することがある。その際は月精期間が出産するまで継続する。これはⅡ型に【偽子宮(ぎしきゅう)】と呼ばれる性器が存在するからだ。偽子宮は通常その口は閉ざされており、月精期間中のみ入口が開く仕組みとなっている。ただ妊娠率は女性よりも圧倒的に低く、報告例もほとんどない。一般男性が、相手であれば――。  Ⅰ型もⅡ型も、月精中は【避香(ひこう)】と呼ばれる匂いを体内で分泌する。避香は周囲にリラックス効果を与え温厚な気分にさせるが、これは己の体を外敵から守るためであり相手の性的欲求を著しく減退させる効果がある。  基本的に避香は、己に好意を持つ人間にのみ作用する。何故好意を持つ人間だけであるかは諸説あるが、中性男子は防衛機能が普通の人間よりも発達しているため、相手の好意を電波として脳が感知することによって、必要に応じて避香の濃度や量を調節するせいだという見解が多い。避香の度合いを調節し、自分に好意を持つ相手へより濃く多くの避香を分泌することで、襲われる危険を回避するわけだ。  だが、この避香も完璧ではない。  この避香が逆の作用を生み出す人間が、残念ながらこの世界には存在する。彼らを格外男子という。格外男子は男性性の象徴。彼らにも特別なマークがあり、Ⅱ型の種印を逆さにしたような形が首の付け根に刻まれている。そのため、彼らの種印は【逆さ種印】と呼ばれる。  一般男性には好意の有無が避香を感じる条件であるのに対し、彼らは好意を持たずとも避香を感知することができる。最近ではエクストラとも呼ばれ、中性男子同様に数が少ない。  格外男子は避香を嗅ぐと、偽子宮にのみ作用する精子を生成する。これを【月精子(げっせいし)】と呼ぶ。この月精子により普通の男性では懐妊させ辛い中性男子を、一般女性の妊娠率にまで引き上げることができる。  一方、格外男子が避香を嗅ぐとダイレクトに性的欲求を刺激されてしまう。そのため、月精期間中のⅡ型を襲ってしまう事件が年に数件起こっていた。  これはⅠ型よりもⅡ型の避香がより強力かつ広範囲に及ぶためで、Ⅰ型の避香が性的欲求をくすぐる程度だとすれば、Ⅱ型のそれは理性を食い千切る感覚だと表現される。  故にⅡ型は格外男子を嫌厭する傾向が強い。そうでありながら、彼らが自分たちを守る【(ガード)】になることもまた事実。壁とは、Ⅱ型が格外男子と結ばれた場合のみで起こる現象だ。避香の匂いが変化することを示す。  月精中は襲われる危険性が高いため、家に閉じこもるⅡ型。だが格外男子と結ばれると、月精中に放出される避香がパートナーとなった格外男子の匂いに変わる。格外男子は同じ格外男子を嫌悪する傾向が強く、強烈な刺激として伝わる。  一般男性にもある程度有効で、これを得るために格外男子と結ばれるⅡ型も少なくはない。  ただしこのビジネスライクな取引には、唯一の欠点があった。中性男子Ⅱ型の【開花】と格外男子の【豊饒(ほうじょう)】だ。開花は中性男子Ⅱ型にのみ現れる症状である。種印が変化し、花が開いたようなマークになる状態のことを指す。Ⅱ型の涙マークが種印と名付けられたのも、この開花があるせいだ。  同じくして逆さ種印にも、変化が訪れる。格外男子の場合、花開くのではなく種から蔦が伸びて首を一周する。模様はそれぞれだが、基本的には一本の蔦がぐるりと首に絡む形だ。  この開花と豊饒は非常に重く、かなり強い共依存の関係にある。  Ⅱ型の開花には格外男子の豊饒、すなわち深い愛情が必要不可欠だ。惜しみない愛情を注がれたⅡ型にのみ種印は反応し、その愛を糧に花は育つ。Ⅱ型のみが豊饒を望んでも種印は開花せず、また頑な種に溢れんばかりの愛を注いでも花は開かない。開花には双方の想いが結びつくことが絶対条件だ。  しかし弊害もあった。開花した種印は、パートナーの格外男子からの豊饒を注いでもらわねば枯れて散る。格外男子の豊饒が与えられないⅡ型は精神的にも身体的にも不調をきたし、枯渇すればするほど自傷行為が激しくなる。身体的に傷つくことは他者が無理矢理にでも止められるが、心が壊れることは止められない。豊饒を失ったⅡ型は、どんな手を使ったとしても大半が死ぬ。  花を失った豊饒もまた然りだ。  格外男子の豊饒は、愛を注ぐと決めた花にのみ作用する。開花させた花のためにあると言っても過言ではない。そのため、注ぐ先を失った格外男子は豊饒を持て余すことなる。有り余る豊饒は、いずれ毒となり格外男子の心身を蝕む。与えるべき場所へ与えることのできない葛藤と孤独に苛まれ、首の根にある蔦が締まり始める。首が、締まるのだ。  内側から壊れるⅡ型に対して、格外男子は自ら首を落として死に至る。ビジネスライクなⅡ型と格外男子には、これがない。魂の疲弊はなく、よって死ぬことはない。   だが開花も豊饒も、Ⅱ型と格外男子の本能。  Ⅱ型が豊饒を求めるのは遺伝子レベルでの飢えであり、格外男子が花を求めることもまた決して抗うことのできない渇望だ。  どれだけ理性でねじ伏せていようと、いずれ歪は生まれる。傍にⅡ型や格外男子がいない場合はこの飢えや欲を感じることもないが、例え取引上の関係とはいえ、傍にいるのなら本能が目を覚ます。これもあって、ビジネスライクな関係は二年と続かない。  花は己だけの愛を欲し、愛は強過ぎる想いを受け止めてくれる花を欲す。  そして種印が開花するのは、一生に一度だけ。同じく、格外男子の豊饒も一度注ぎ始めた花にしか注ぐことはできない。二度目はなく、だからこそ臆病になる者も多い。  生涯一度きり。失敗は許されない。その重さ故、ほとんどのⅡ型は一人を選び、格外男子は特定の相手を作らない。愛の重さを身をもって知るからこそ。誰も失敗したくない。傷つきたくない。  だけれど。魂は飢える。肉体は渇望する。  まだ見ぬ相手と、その魂へ。
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