明けない夜の出入り口

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 明けない夜のような。  瘉えるはずの傷は消えず、それでも残るのは、ただ、痛みのみ。  私は、彼の剣を知っている。  自罰的で、自縛的で。心は過去に囚われているのに、後悔が、剣の背を押し続けるから。  繋がる痛みが、引きちぎれそうな。  叶わない何かを追って、だから悲しみを振り払うたびに、大切な何かから遠ざかる。それでも、それでも、もう二度と、傷付けたりしないように。  私は、彼の剣を知っている。  戻れない夢から覚められないことも。きっと、知ってしまっている。 「……どういうこと、ですか?」  何も知らないリルクの姿では、察してはいけないことある。けれど、隠しきれない戸惑いは、ただの私の本音だった。 「分からんか。なら、尚更だ。私に構うな」  そしてハルトは俯いたまま目を背ける。拒絶。距離。そんな、虚の瞳を。  答えは、すでに決まっていたのかも知れない。偶然出くわして取り乱したのは私だけじゃなかった。落ち着いて、用意していた答えを引き戻した。ただ、それだけなのかも知れない。  返答を待つことなく、ハルトは引き返す。まるで決意が揺るいだりしないようにと。  誰の? それすらも、何も答えないまま。 「ちょっと、待って下さい!」 「くどい。構うなと言っている」  振り返りもせずに。もとより感情の読みにくいその顔を、向けてもくれないまま。 「私のような、過去の亡霊に」  誰に向かって零した言葉だったのだろう。  生きてほしい。もしかすると、誰かに、そう託された。それだけの、惰性の生なのかも知れない。今を繋ぐ意味すら見いだせず、ただ死に損なう。そんな姿を晒すことを厭ったか。  優しさか。それとも、自責の念がくすぶったのか。  そんなごちゃごちゃした話、どうでもよくて。  無意識に、けれど自分で願って、私は駆け出していた。  追う? 迫る? そんな些細なものじゃなくて。  ただ、思い切り。  抜き放った刀で、その背を斬りつけた。  風切り音は耳をつんざくような金属の悲鳴に掻き消される。手に、腕に、反動の痺れ。私が放った横薙ぎは、きっと咄嗟の短剣で、けれど確と受け止められていた。  初めて、刃に届いた。不意をついたから? ううん、この子が成長したから。  本当はずっと見てもらいたくて、だけどまだまだ届かないって分かるから見せることも怖くて、それでも。どんな思いで、磨いた剣か。  そして、あなただって。こうして見違える少女の姿を、少なからず心待ちにしていたはずなのに。  ……だなんて思いすら、今は二の次だ。 「亡霊だか死人だか、過去の剣だかは知りませんけど」  私はただ、振り向いたその顔を思い切り睨みつける。そして。 「生きてるなら生きてくださいよ!」  まるで独りでに口をつく本音を、叫ぶ。声を叩きつけた。  初めて押しかけた時から、大人しく斬られてなんてくれなかったくせに。あなたは、自分で思っている以上に、まだ生きているのに。  まるで分かったように死んだ人間だと口にしたことが、それでいいと思っているような素振りが。  自分のことのように悲しくて、いつしか涙が溢れていた。振り払うように顔を背けて、分からない、気づけば私の方から逃げるように駆け出していた。  明けない夜はない。そんな言葉では救われなかった人がいることを、私も、自分のことのように知っている。  何かを思う余裕なんて、なかった。例えば、今の話を、誰が聞いていただろう。そんな、余計なことを思う間なんて、何一つも。
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