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 牛乳でいいのだろうか。  思案しつついろはは母親と二人暮らしのアパートの自室に帰りつく。抱えた動物は鼻をひくつかせてまた腹鳴が聞こえた。  シンプルな部屋だった。学習机と椅子とベッドにクローゼット。壁際には大きな本棚があって少年漫画や少女漫画、雑誌からハードカバー小説に文庫まで幅広く収められていた。  ベッドに横たえた動物はすぐに上半身を起こす。 「待て」  牛乳を取りにリビングに取って返そうとするいろはに先ほどよりは声を張る。幼児用の靴が鳴るようなどこか間の抜けた声色で、今度は聞き間違いなどではなかった。 「いま食べ物を」 「ここにある」 「?」  もしや自分かと思いかけて、それはないかと思い直している間に動物は続ける。 「まず、契約が、必要なんだ。手間を、かけさせるが、あんたの、血液でも、涙でも、鼻水でも、よだれでも、なんでもいい。あんたの情報を一滴、角に垂らしてくれ」  それだけ言いおいて突っ伏すようにこちらに頭を差し出す。わけがわからない。しかし、乗りかかった船だ。病院に連れていく金はないし、もとあった場所に戻すなんて、やさしいいろは像からかけ離れている。  ――やがて一滴が角に落ち、伝う。 「よし、契約成り――」  二滴、三滴と続く。訝って動物は寝返りを打つように仰向けになろうとしたがいろはの腕があった。腕を視線で辿った先。  嘘くさい蛍光灯の光を背に受けて、いろはは逆光のなか涙をこぼす。 「礼に、話ならいくらでも聞いてやる」  鼻をすする音がする。 「その前に、いらない雑誌か新聞か、ないか?」
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