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第17話 《電脳幽鬼:サイバーファントム》
それを確認してから大きく息を吐くと、大介は湊に向かって拳を振り上げる。
「湊、てめえ! 危ねーだろ!!」
すると湊はMEIS通信でそれに反論した。
『仕方ないでしょ。この路地はただでさえ狭くて、水平方向からの遠距離武器は攻撃をヒットさせ辛い。一番確実なのは高所から真下に射ることだ。だから最適なポジションを探して移動してたのに……サボり魔みたいな扱いをされるなんて、そっちの方がよほど納得いかないんだけど?』
「ちっ、聞いてやがったのかよ。地獄耳め……!」
『何? 何か言った?』
「何でもねーよ! わーった、謝るから早く下りて来いよ!」
「みーくん、お疲れー!!」
『うん、柚と大介もね。すぐそっちに向かうよ』
その言葉を最後に湊からのMEIS通信は途絶えた。それから大介は頭を掻きながら柚に近づく。彼の視線は未だ真っ暗なまま、照明の戻らない無人コンビニに注がれていた。
「コンビニの照明、戻らねえな。電気系統がやられちまったか?」
「大丈夫だよ。幸い、人通りは少ないし。復旧は、はすみんの会社に任せよ!」
柚はそう答えると、駆け足で比呂のほうへ近づいて来る。
部活紹介で見た時も小さいと思ったが、こうして目の前にすると冷泉柚はさらに小さかった。大人びた表情をしているが、顔立ちは明らかに幼い。小学生の高学年くらいだろうか。ただでさえ小さいサイズの制服も、彼女にとっては大きいらしく、少しぶかぶかしていた。
柚は屈託のない笑顔で話しかけてくる。
「ねえ君、大丈夫? 怪我はない?」
「は、はい。その……助けてもらってありがとうございます。僕は香月比呂と言います」
「困ったときはお互い様だから気にしないで。それより、その制服、叡凛の一年生だよね? わたしは二年生の冷泉柚! ネオ研の部長をやってまーす!」
「あ、知ってます。部活紹介を見てたので」
比呂が答えると、柚は途端に嬉しそうな顔になった。両手を胸のあたりで握りしめ、身を乗り出してくる。
「え、ほんと? わたし達のこと見てくれた!? ありがとー!! それで、どうだった?」
「えっと……とても面白かったです。ユニークで楽しそうで……部活紹介の中で一番、印象に残りました」
「そう? えへへ……ネオ研って個性が溢れてるもんね~! 印象が際立っちゃうのもしょうがないか!」
でれでれと相好を崩す柚の後ろで、大介がボソッとつぶやく。
「……まあ無駄に目立ってたのは確かだな」
柚とは反対に、御剣大介は近くで見ると思っていた以上に大柄だった。背が高いのはもちろんのこと、胸板が厚く腕も逞しい。そのせいか声も大きく、よく通る。同じ高校生とは思えないほどだ。
どちらかというと痩せ型の比呂は、ついその存在感に気圧されてしまいそうになる。でも、ここで怯んではいられない。
「それにしても、あの大きな……カマキリ?みたいな怪物をやっつけてしまうなんて……。ネットオカルト研究部っていったい……?」
思いきって尋ねると、大介は神妙な顔をして比呂を見つめた。
「カマキリ……か。おい一年、やっぱお前にも《アンノウン》が見えていたんだな? しかもカマキリだって分かるほどはっきりと」
「え……? もちろん見えてましたけど……?」
どうしてそんなことを聞くのだろう。内心で首を捻る比呂だが、その返事を聞いた柚は目を輝かせた。
「大ちゃん、大ちゃん! 比呂くんは『見える』人だ!! 適性ばっちりだよ! ネオ研に入部してもらおうよ!!」
しかし、大介の反応は意外と慎重だ。
「けどよ、本人の意思っつーのもあるだろ。俺らの都合で無理に入部させるってのも、どうかと思うぞ」
「ううっ、それはそうだけど……でも《アンノウン》を感知できる人なんて滅多にいないんだよ!?」
「落ち着けって。ただでさえネオ研は部活というには規格外の活動をしてんだ。ウチに関わったら間違いなくフツーの青春は送れなくなる。それを考えりゃ、軽々しく入部を勧めるわけにゃいかねーだろ。少なくとも、まずは説明してからじゃねえと」
「そ、そうだよね……。比呂くんだってせっかくの高校生活、エンジョイしたいよね……」
「あ、いえ。僕は……」
もともとネットオカルト研究部に入部希望だったんですが。しょんぼりと肩を落とす柚に向かって比呂はそう口にしかける。
するとちょうどその時、二階堂湊が地上に降りてきた。
「あれ? 君……確か部活紹介の会場に来ていたよね。新入生?」
比呂の姿を見るなり、湊は微笑を浮かべてそう尋ねた。その言葉や仕草からは上品さが感じられ、育ちの良さが窺える。中性的で涼やかな目元がとても印象的だ。それに前髪がさらりと揺れる。
柚は目を丸くした。
「みーくん、覚えてるの!?」
「うん。ただ一人、真剣そうな顔で僕たちの発表を見てたから、けっこう記憶に残っていたんだ。僕、人の顔と名前を覚えるのが得意だからさ」
湊はあくまでにこやかだったが、ふと比呂を見つめる瞳に鋭い光を宿す。
「……ねえ、君。ひょっとして部室棟の三階南廊下にある消火器に触れてみた?」
「あ、はい。でも暗証番号が分からなかったので、先輩たちを探した方が早いかと思って……」
柚は腕組みをしながら、うんうんと頷く。
「そっか。《アンノウン》の成体があれだけはっきり見えたら、あのメッセージも当然、見えてるよね。……あれ? でもあのメッセージを見てネオ研の部室に行ったってことは……つまり比呂くんはネオ研の入部希望者だってこと!?」
「はい。部活紹介で先輩たちの姿を見た時から、ネットオカルト研究部に入りたいと思ってました」
柚が顔を輝かせたのは言うまでもない。あまりの嬉しさに言葉にならない歓声を上げ、万歳をしてピョンピョン飛び跳ねる。
だが、表情を一変させたのは柚だけではなかった。大介はくわっと目を見開き、ずんずんと比呂に近づいてくる。
そのあまりの迫力に、比呂は「ひいっ」という悲鳴が漏れそうになるのを慌てて呑み込んだ。ひょっとして自分は歓迎されてないのだろうかと不安になったが、ただの杞憂だったようだ。大介は一転して破顔すると、比呂の背中をバンバン叩いた。
「んっだよ、そうならそうと早く言えよ! 適性ある上に意欲もあるとなりゃ、言うことなしだぜ!! 俺は御剣大介。よろしくな、比呂!」
「よ、よろしくお願いします!」
「ははは、そう緊張すんなよ。気楽にいこうぜ!」
大介は、その大きな体格と威圧感のある顔立ちからは想像ができないほどフレンドリーだった。その声にも表情にも喜びが溢れている。
それまで素っ気ない風だったのは、あくまで比呂の意志を優先するためだろう。断りきれずにネットオカルト研究部に入部することがないように気を使ってくれたのだ。そう考えると、見た目に反して細やかな気配りのできる人物なのかもしれない。
湊もにっこりと笑った。先ほどまでの探るような気配は、もうどこにも無い。
「僕は二階堂湊。これからよろしくね、比呂。……ネオ研の活動はいろんな意味で独特だし、危険が全くないと言ったら嘘になるけど、慣れたら楽しいよ。やりがいもあるしね。無理せず、ゆっくりやろう」
「はい、頑張ります!」
ネットオカルト研究部には謎が多い。部活紹介で目にした比呂だけに読めるメッセージは何なのか。何故、あの正体不明のカマキリと戦い、倒すことができたのか。けれど、こうして入部を歓迎してもらえると純粋に嬉しかった。
比呂には比呂の目的があってネットオカルト研究部に近づいた。それは事実だ。とはいえ、入部するからには真面目に参加するつもりだ。
たとえ目的が達成できなくとも途中で投げ出すつもりはないし、できる限りネットオカルト研究部の先輩たちと仲良くし、高校生活を楽しみたい。
それは中学時代の比呂には手に入れられなかったものだから。
白羽と黒羽もカアカアと鳴いて比呂たちの周りを飛びまわる。
「比呂、頑張レ! 頑張レ!!」
「俺は寝るがナ!」
「あはは、すごいお喋りだねー! この子たち、比呂くんの電脳ペット? 何ていうお名前なの?」
「白いのが白羽で、黒いのが黒羽です」
「そっか。わたしは柚だよ。よろしくねー、白羽、黒羽!」
「よろしくナ、柚!」
「ゆず、ユズ!!」
そう言うと白羽と黒羽は並んで柚の頭にとまった。二羽が初対面の人にここまで慣れるなんて珍しいことだ。大介も指先で白羽と黒羽の頬をくすぐっていたが、ふと湊のほうを振り返る。
「そういや湊。お前、何で比呂が部室棟の三階南廊下へ行ったって分かったんだ?」
「ふふ、そうだね。敢えて言うなら勘……かな?」
湊は含みのある笑みを浮かべ、ウインクをする。何だか全て見透かされているようで、比呂は落ち着かなかった。言動が分かりやすい柚や大介に比べ、湊は一筋縄ではいかない性格をしているようだ。
柚は頭の上に白羽と黒羽を乗せたまま、両手を広げて声を弾ませる。
「ねえねえ、大ちゃん、みーくん! さっそくみんなで比呂くんの入部祝いしよ!!」
「それはいいね。でも、今日はもう遅いから明日にしようか」
湊が指摘すると大介も頷いた。
「言われてみりゃ、もうこんな時間か。ここに来るまでにも二体の《アンノウン》を倒したことだし、確かに今日はもう解散したほうがいいかもな」
「じゃあ明日、授業が終わったら買い出しだね! おっと、そーだ! 比呂くん、アドレス交換しよ!」
「あ、そうですね」
「おー、俺にも頼むわ」
アドレス交換が終わると、湊は改めて真剣な表情になり、比呂に告げるのだった。
「比呂、《アンノウン》……さっきのカマキリみたいな奴のことなんだけど、《成体型》といって、ちょっと手強い相手なんだ。そのぶん接触した時に受ける影響も大きい上、ダメージにタイムラグが発生することもある。だからもし家に帰って何か異常を感じたら、すぐに連絡して欲しい。見たところ大丈夫だと思うけど、病院に行ったほうがいいケースもあるから」
比呂が「はい、分かりました」と頷くと、今度は柚が口を開く。
「ネオ研のこととか《アンノウン》のこととか、疑問はいっぱいあると思うから、明日まとめて説明するね!」
「……はい!」
それから比呂はネットオカルト研究部のメンバーと共に、無人バスの通る大通りまで移動することになった。ゴミゴミとした商店街を抜けると、きれいに区画整備された広い道路が広がっている。真新しい建物が立ち並んでおり、その中には下宿先のマンションもあった。
無人バスのバス停の近くまで来ると、比呂はネットオカルト研究部のメンバーと別れた。
「じゃあね、比呂くん! また明日ねー!」
「帰ってしっかり寝ろよー」
「明日の放課後、ネオ研の部室に集合ね。『鍵』は解除しておくから」
「ありがとうございます。先輩たちもゆっくり休んでください」
ぶんぶんと嬉しそうに両手を振る柚。大介と湊も手を振って比呂に別れを告げると、柚と共に叡凛高校に向かって去っていく。比呂はそれを見送ってから、白羽と黒羽に声をかけた。
「さあ、僕たちも帰ろうか」
「帰るゾ、帰るゾ!」
「やれやれ、とんでもない目に遭ったナ」
白羽と黒羽は先導するように比呂の先を飛んでいく。二羽ともいたって元気だ。カマキリとの戦闘で深刻なダメージを負った様子もなく、比呂は心からほっとした。それもこれもネットオカルト研究部のメンバーが助けてくれたおかげだ。
(ネットオカルト研究部の人たち、とても親しみやすいし、何より優しかったな。何となくだけど……うまくやれそうな気がする。……良かった。僕はネットオカルト研究部に入るために叡凛高校に……この新世界市に来たんだから)
比呂が叡凛高校に入学した最大の目的は、死んだ母を取り戻すことだ。そのきっかけは、ネット上である噂を聞いたことだ。
いわく、他界した人間がMEIS空間に甦ることがあるという。まるで幽霊のように。
その特殊な幽霊はMEISを搭載している者にしか見えないのだ。現実世界では絶対にあり得ない、電脳空間上だからこそ成立する存在。その電脳空間上に甦った死者のことを、一部では《電脳幽鬼》と呼んでいるらしい。
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