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第16話 ネットオカルト研究部の正体
「それだけ、このカマキリが『普通』じゃないってことか……!」
MEISのみならず、通信網や送電網に負荷を与え、あまつさえ比呂に物理的な衝撃まで与える。
この黒いカマキリは明らかにただの『情報の塊』ではない。それとはもっと根本的に異なる『何か』だ。こんな未知の相手にどうすればいいのだろう。
執拗に襲いくるカマキリから逃げ回っているうちに、比呂はとうとう裏路地の奥に追い詰められてしまった。
前はがっちりと固められた工事現場フェンスで行き止まり。その向こうでは灰色の仮設シートがビル全体を覆っている。
他に逃げ場はなく、武器になりそうな物もない。
いや、このカマキリが本当に《電脳物質》の一種であるなら、武器など何の役にも立たないだろう。石礫も鉄パイプも、きっとカマキリの身体をすり抜けてしまう。
逡巡していると、白羽と黒羽が比呂の窮地を救おうと、カマキリに飛びかかっていく。
二羽は自分よりも何倍も大きな相手に果敢に立ち向かい、ガアガアと威嚇するような鳴き声を発する。
「比呂、早く逃げロ!」
「急ゲ、急ゲ!!」
カマキリも黙ってやられてばかりではない。白羽と黒羽を狙って大鎌を振り回す。白羽と黒羽は一生懸命、嘴で突いたり、足で蹴りつけたり、羽ばたきしながら応戦する。
しかし、とうとう白羽がカマキリの鎌によって地面に叩き落とされてしまった。白羽もカマキリも《電脳物質》であるため、相互に干渉し合うのだ。
「白羽!!」
カマキリは前足で白羽を地面に抑えつける。完全に捕食体勢だ。黒羽はそうさせまいとカマキリの周りを飛び回り、「コイツメ、離セ! 離セ!!」と騒ぎ立てる。
しかし、カマキリはまったく動じない。白羽は押さえつけられている鎌の隙間から顔を覗かせ、比呂に言った。
「比呂、早く行ケ!!」
「駄目だよ! 一人で逃げるなんて……そんな事できない!! 白羽も黒羽も僕の大切な家族なんだから!!」
そう叫ぶと、比呂はロードコーンと一緒に置いてあった黄色と黒の棒を手に取り、巨大カマキリに向かって力いっぱい振り回した。
ところがコーンバーはカマキリに直撃することなく、その体をスカスカとすり抜けてしまう。
それなのに反対にカマキリが鎌を振り下ろすと、比呂は呆気なく弾き飛ばされてしまう。
「う……うう……! やめろ……白羽に手を出すな!!」
比呂は路上にひっくり返ったが、それでも諦めずに立ち上がり、カマキリにコーンバーを突き出した。けれど、どれだけコーンバーを振り回しても手ごたえがなく、虚しくカマキリの身体をすり抜けるだけ。黒い巨体にかすりもしない。
カマキリの前足に抑えつけられながらも、白羽は必死でもがく。真っ白い羽毛が悲鳴のように宙を舞った。黒羽は懸命に威嚇するも、為す術がない。
比呂は絶望的な気持ちに襲われる。白羽に何かあったらどうしよう。もしカマキリに食べられてしまったら。
(いったいどうすればいいんだ……! このカマキリの姿をした《電脳物質》が何なのかも分からないのに、どうやって対処すれば……!?)
白羽と黒羽は比呂が幼い頃からずっと一緒だった。気が短く、生意気で口が悪いところもあるけれど、いつも比呂のそばにいて励ましてくれた。たとえ実体を持たない電脳ペットだとしても大切な家族だ。その家族を失うなんて、とても耐えられない。
(誰か……誰か……!!)
するとその時。比呂の目の前を光の弾が飛んでいったかと思うと、カマキリの頭部に着弾した。
「え……!?」
いったい何が起こったのか。目を瞬く比呂の頭の中に、今度は少女の声が響く。
『あーあー、テステス! 聞こえますかー? てゆーか、聞こえてるよね? 遅くなってごめんね。助けに来たよ!』
(あ……頭の中に声が……!?)
この声には聞き覚えがある。叡凛高校の部活紹介で確かに聞いた。ネットオカルト研究部の部長、冷泉柚の声だ。自分より年下の、幼いけれど凛とした少女の声。
『きみ、叡凛高校の新一年生でしょ? ここは私たちに任せて《アンノウン》……そこのでっかいカマキリから離れてくれるかな?』
「で、でも白羽が!」
声の主の姿は見えない。冷泉柚はおそらくMEIS通信を使って話しかけているのだろう。比呂が声を張り上げると、今度は威勢のいい男子生徒の声が頭の中に飛び込んできた。
『いいから言われた通りにしろ! 言っちゃアレだが、邪魔なんだよお前! このままじゃ巻き込んじまうだろーが!!』
『もう、大ちゃん言い方! 一年生くん、怖がってるでしょ!?』
冷泉柚は慌てて男子をたしなめる。
(よ……よく分からないけど……)
「は、はい! 分かりました!!」
比呂は二人の声を信じてカマキリから離れると、袋小路となっている裏路地の壁にできるだけ身を寄せた。
幸か不幸か、カマキリは白羽と黒羽に気を取られ、比呂の動きには気づいていない。先ほどの光弾も二羽が原因だと思っているようだ。
すぐに冷泉柚から応答がある。
『おお、いい感じでーす! ありがとう、わたし達を信じてくれて』
「いえ……あの、あなた達はネットオカルト研究部の人たちですよね?」
『そうだよー。でもそれは世を忍ぶ仮の姿! わたし達の本当の名は、《叡凛高校MEIS災害対策チーム》だよ!!』
その声が聞こえたのと同時に、路地の向こう側から光る弾がいくつも飛んできて、カマキリに命中した。
カマキリはわずかによろめいたものの、大したダメージにはならなかったらしく、平然としている。
『やっぱり成虫相手に、《スターダスト》弾じゃダメージを与えられないか……!』
しかし、そのおかげで鎌の力が緩んだものらしく、その隙に白羽はカマキリの拘束を逃れ、まっすぐに比呂の元へ飛んでくる。比呂は逃げてきた白羽を抱きしめた。
「白羽! 良かった……!!」
「比呂! 比呂!」
白羽も比呂の腕の中でコロコロと甘えた声で鳴く。黒羽も嬉しそうに周囲を飛び回る。
(……ああ、良かった。白羽と黒羽が無事に戻ってきてくれて本当に良かった)
比呂は安堵のあまり、涙が出そうだった。
一方、カマキリもようやく己の背後にいる何者かの存在に気づいた。くるりと向きを変え、路地の入口に向かって攻撃態勢を取る。
その先にネットオカルト研究部の紹介で見た男子生徒―――御剣大介が立っていた。大介はアスリートのように鍛え上げた立派な体躯でカマキリの前に立ち塞がり、鋭い眼光をその黒い巨体に注ぐ。
その彼の後ろには冷泉柚の姿もあった。柚の周囲には文字を象った光の帯が球体状になって張り巡らされている。まるでゲームでよく見る魔法陣のように。
カマキリは二人を前にしても臆することなく、つり上がった瞳に赤い凶暴な光を閃かせる。大介はニヤリと笑った。
「へっ、やろうってか! 上等だ、叩き潰してやるぜ!」
「大ちゃん、援護するよ!!」
柚はスフィア状の魔法陣を発動させると、新たな光弾を浮かべて発射する。
その光弾がカマキリの足元で爆発した刹那、白い光の靄が煙幕のように立ち込め、たちまち黒いカマキリの体を包んでいく。
その靄はよく見ると細かい光の粒でできている。薄暗い路地でキラキラと光り、妙に幻想的だ。
その途端、カマキリの動きが鈍くなり、カクカクとぎこちなくなった。その姿にフリーズしてしまった動画のようなノイズが入ると、とうとうカマキリの体はがくがくと痙攣状態に陥った。
柚は叫ぶ。
「大ちゃん、《ネビュラ》弾の効果は一時的だから急いで!」
「わあってるっつーの!」
よく見ると御剣大介は半透明のXR《クロスリアリティヘッドマウントディスプレイ》を頭部に装着しており、両手もグローブ型のインターフェースで覆っている。
そのインターフェースのインジケーターランプが明滅したかと思うと、次の瞬間には大振りの剣がその手に出現した。かなりの大きさで、刃渡りだけでも二メートルはある。
(……! あれは《電脳物質》でできた剣……!?)
その大剣は全体から真っ白い光を発していた。明らかに現実空間に存在する物質とは違う。大剣の刃は複雑な紋様を描いており、スタイリッシュで格好いい。これもゲームに出てきそうなデザインだ。
「だらあああ!! くらえ、《グラヴィティ・ブレイク》!!」
大介は巨大な大剣を両手で構えた。その並外れた身体能力を余すところなく駆使し、空高く跳躍すると、落下の勢いに任せて一気に大剣を振り下ろす。
――ギイイイイッ!
大介の大剣はカマキリの鎌を切断し、吹き飛ばした。カマキリは金属が軋むような耳障りな悲鳴を上げながら、のたうち回る。
ダメージを与えたのは間違いない―――そう思われたが、すぐに大量の黒い粒子がカマキリの腕に密集してきて、切断された鎌を修復してしまった。
「フン……しぶとい野郎だ!!」
間の悪いことに、柚の《ネビュラ》弾の効果が早くも切れてしまったらしい。カマキリは徐々に元来の素早さを取り戻しはじめる。
「こいつは久々の大物だな! 腕が鳴るぜ!!」
大介は再び大剣を振り上げ、カマキリに斬りかかってゆく。カマキリも四本の細長い足を使って、その巨体からは想像もつかないほど軽やかに動き、大介に両手の鎌を振り下ろす。
「へっ、やろうってか! 受けて立つぜ! 《メガバースト》!!」
そう叫ぶと大介は縦横無尽に大剣を振るった。剣の大きさを感じさせない、力強く機敏な動きだ。
しかしカマキリも負けていない。二つの鎌を巧みに振るい、大剣の攻撃を弾いてしまう。
大介の大剣とカマキリの鎌が熾烈にぶつかり合い、路上には硬質な金属音が響き渡った。どちらも《電脳物質》であるはずなのに、本物の金属が激突し合っているかのような迫力だ。
その後ろから柚が新たな魔方陣を発動させる。
「行け! 《シューティング・スター》!!」
魔法陣の周囲に小さな光弾が無数に浮かび上がり、一斉にカマキリへと襲い掛かった。柚は光弾の軌道を自在に操ることができるらしく、大介を巻き込むことなく、カマキリのみを器用に狙っている。
それでもカマキリに致命傷を与えるまでは至らない。それどころか、大介の操る大剣の勢いが目に見えて落ちてくる。
「くそっ、こっちが限界かよ……! 柚!! 《コメット》は使えねーか!?」
「無理だよ、成体のデータ量が大きすぎて、既にMEIS環境に大きな負荷がかかってる……これ以上、データ量が増えたら大規模なシステム障害を起こしちゃうよ!」
「マジかよ、それじゃ頼みの綱は湊ってわけか。……にしてもあいつ、どこで何をしてやがんだ!?」
大介がそうぼやいた次の瞬間。突然、上空から強烈な閃光が降り注いだ。
いったい何が起こったのか。確認する間もなく、次いでドオンという爆音が轟いた。思わず身を縮めた比呂は、すぐにカマキリに異変が起きたことに気づく。
カマキリの巨体が光の針によって、昆虫標本のように地面に縫いつけられていたのだ。
よく見ると、カマキリを貫く針は、どれも頭に三枚の羽根をつけた矢の形をしている。つまり頭上から真っ白い光の矢が飛んできて、カマキリの身体を刺し貫いたのだ。
――ギイイィィィィィィッ……!!
カマキリは己の身体に撃ち込まれた矢から逃れようと激しくもがくも、とどめを刺すかのように二発目、三発目の矢が撃ち込まれる。比呂はただただ身を強張らせて見つめるしかない。
「おわぁっ!?」
突然の奇襲に驚いたのは比呂だけではなかった。大介は上空から降り注ぐ矢に仰天し、大きく仰け反ると、慌ててカマキリから距離を取る。
一方の柚は嬉しそうに頭上を仰ぎ見た。
「みーくん、ビンゴ!!」
柚が嬉しそうに見上げる先に、比呂も視線を向けた。すると路地沿いに立っている五階建てビルの屋上から二階堂湊が顔を覗かせる。その手には光を放つ弓矢をつがえていた。カマキリの体に刺さった矢は、彼が放ったのだろう。
「ああ、良かった。間に合ったようだね」
その言葉通り、複数の光の矢に貫かれたカマキリはドウと地に伏せた。そして黒い巨体を構成していた黒煤は散り散りになって分解し、そのまま霧散していく。
あれほど恐ろしい思いをしたというのに、怪物の最期は不思議と儚いものだった。
やがてカマキリを構成している黒い粒子も砂のように崩れ、消滅していく。後には何も残らなかった。
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