神々の饗宴

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神々の饗宴

 「走れ!!」  シュワルツとモアは一目散に丘の上に一本だけ立っている高いカシの木をめざして駆け出した。  ガサッガサササッ ザアアアアッ  蟻群が一斉にスタートの号砲を聞いたように幅数キロにも及ぶ進軍を開始したのだ。  キィキキキキキッ キシャシャシャシャ ギャワワワワワー  もはやシュワルツ達には聞きなれた狂女の声が爆音で響く、一匹の音でも耳障りな物が数兆合わさると気の弱い者なら発狂するレベルだ。  鏡が乱反射するように蟻群の数キロに渡る進撃は幾重にも重なり厚みを増し、まるで巨大津波のようだ。  進撃する先にME232ギガントの旅団仮基地が見える、目指しているのは樹海前の平原か。  ガシャゴシャガシャシャッ  蟻群の進撃は自ら大津波に呑まれ転がりながら迫ってくる、その波の中では潰されたり、足や手が捥がれ、首が千切れる地獄絵図が引き起されている、同胞の屍も巻き込みながら巨大な一個の意思となって突き進む。  「ひええええっ」  「シュワルツさん!こっちだ!」  モアがレシーブをするように両手を組んでカシの木の下で待ち受ける、枝が高い、単独では手が届きそうにない。  掛けられた足をグンと持ち上げるとシュワルツの手が枝にかかった、必死にしがみつき渾身の力で身体を枝に引き上げる。  ガシャゴシャガシャシャッ ゴシャアアアアアッ  カシの木に蟻群の大津波が到達した。  「モアさん!!」  見下ろしたカシの木の元にモアの姿はない、蟻群が激流となっている。  「そっ、そんな!!」  シュワルツの見開かれた目にカシの木の緑を映した鏡だけが映っていた、モアは激流に呑まれてしまった。  と絶望しかけた時、上からカシの葉と一緒に声が降ってきた。  「無事か、シュワルツさん」  「へぇええ!!」  あまりに驚いてバランスを崩して落ちそうになり、不格好に枝にしがみ付いた。  「おいおい、落ちたら死ぬぞ、気負付けろよ」  「モッ、モアさん!なんで私より上にいるのですか!?」  「木登りは得意なんでね」  モアは腰のナイフを幹に突き刺しながら猿のように木を登っていた。  「てっきり、死んでしまったのかと、ああ、良かった!」  「心配はありがたいが、そこはやばいぞ、もっと上に登れ!」  積み重なり流れる蟻群の波が高さを増している、二人は一段、また一段と丘を見下ろせる高さまでカシの木を登った。  遠くにギガントの仮基地が見える、煙が上がっていた。  バォオォォォォォォンッ  オレンジ色の炎が高く吹き上がり、黒々としたきのこ雲が上空に伸びる。  「残っていた弾薬と燃料にしては爆発が大きすぎます、琥珀石の弾薬の製造に成功していたようですね」  相変わらずシュワルツの言葉に特別な感情はない、現実とそこから予想される結果を表現している。  「仲間がいたんじゃないか?心配だろ」  「さあ、どうでしょう、特別興味を引く人はアラタさん位なものです」  「情が厚いのか薄いのかわからん人だな」  「私は利己的な人間です、友達は必要としないんです」  「おっと、モアさんは別ですよ、なにしろ恩人ですから、モアさんが居なければ私は今頃激流の中で挽肉でした、ああ恐ろしい」  バォンッ ドォオオンッ 延焼と類爆が続く。  樹海方面、激流の上流部はいよいよ蟻群を吐き出し終わったようだ、魔笹の揺れは一時的に収まっていた、しかし、その上から更なる揺れが迫っている。  細長くしなやかな大型犬ほどの影が集まり、頭が幾つもある蛇のように伸び縮みを繰り返しながら魔笹の海から飛び出す。  大型鼬スグリの群れだ、森でシュワルツたちが遭遇した群れだろうか、他にも同様の群れが幾つも樹海から飛び出してくる。  蟻群の最後尾に追いついたスグリはその牙と爪の暴力を開放する、滑る様にスグリが走り抜けた跡には血を流し輪郭を露にした吸血蟻が転がる。  ウオォォォォォォッ 群れの最後尾に美しい毛並みの白いスグリがいる、通常のスグリの倍の大きさ、神秘的な威厳を持っているのが遠目にも分る。  「!??」  シュワルツが蟻群最後尾の異変に気付いた、獣が蟻を襲っている。  ズドドドドドッ 重量級の足音が蟻群の激流を横切っていく、ヒグマの群れだ、数十メートルの幅で何列もの熊が突進している、三百キロの巨体に踏みつぶされた蟻群は土に埋まり更地となる、圧倒的な破壊力。  「ヒグマの群れだ!」  カシの木の下をヒグマの群れが通り過ぎる、グラグラと巨木が揺れる、生きた心地がしない。  「なんて光景だ!!」  樹海の獣たちはこの日ために姿を消した、溢れる冥界の使徒を屠るために神が用意した使徒、いや本来の勇者たちだ。  本来食べるだけに生き物を襲うイタチやヒグマがただ殺すためにその力を開放している。  バァオオオオオオオオッ 一際巨大なヒグマが吠える、赤い鬣を持った巨獣、三メーターを遥かに越え、体重は四百五十キロ、前足の鍵爪は鋭く鉄のように固い、まさにベアナックル。  群れのリーダーだ、立ち上がり両手を上げた姿は神々しくさえあった。  号令に呼応するようにヒグマたちが隊列を組んで蟻を踏みつぶす。  熊と反対側からは猪の群れだ、その先頭にも熊と見間違う巨大な漆黒の猪が群れを率いている、熊よりも密集した群れは楔陣形で蟻群を食い破っていく。  他にも狼、虎に似た大型ネコ科の猛獣、サガル神山に住まう人から恐れられていた猛獣がこの丘に集結していた。  普段は群れることなどない獣たちが一つの意思で統一されているように蟻群に立ち向かう。    「なんのために?」  勇者たちは何のために蟻群と闘うのか、街を襲った蟻群は再び樹海に戻るというこなのか、獣たちの行動がシュワルツは理解できなかった。  「神の意思だ、けれどそれは人族のためにあらず」  モアは複雑な顔で眼前で繰り広げられる神の饗宴を震えながら見ていた。
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