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一 夜盗
葉月(八月)八日、夜九ツ半(午前一時)。
何か音がする・・・。
雪は、国問屋大黒屋の離れの寝所の褥で目を覚した。妹の多美は褥にいなかった。
多美は何処へ行ったのだろう・・・。
音がするのは奥座敷だ。親が睦事のさなかなら外廊下から声をかけられない・・・。
雪は静かに褥から起きて耳を澄ました。奥座敷の方から何やら声がする・・・。
雪は音を立てずに寝所の座敷を出た。
離れから母屋へ続く渡り廊下の手前で、雪は柱の陰に隠れた。奥座敷と奥庭を覗うと、奥座敷の外の奥庭に黒覆面に黒装束の人影が見えた。腰が括れて尻が大きめだ。女だ。多美に似てる・・・。
雪は人影に気づかれぬよう、渡り廊下から、人影とは反対側の奥庭に素足で降りた。足音を立てずに奥庭を歩き、外廊下に上がって奥座敷の隣の座敷に入った。
耳を澄ますと奥座敷から押し殺した声がする。
雪は奥座敷が見えるよう静かに襖を引いた。僅かな隙間から奥座敷が見えた。
奥座敷には黒装束の男が二人居た。二人は父母に声を立てさせぬよう後ろから羽交い締めにして父母の口を手で押え、首に匕首を押し付けている。父を捕えている男が父の首から、父が首にかけている土蔵の鍵を奪うと、父の耳元で訊いた。
「お宝はどこにあるか言え」
「お宝と言われましても・・・」
父は押えられた手の隙間から言い訳した。
夜盗は穏やかに訊いた。
「金子と、仕入れたべっ甲と紅玉、碧玉、翡翠、瑪瑙はどこにあるか言え」
穏やかな夜盗の声に、父は震えながらも安心した。
「全て土蔵にしまってあります。なにとぞ命だけは・・・」
と言葉を発すると同時に背後から右の首を斬られ、血が噴き出す首を押えて夜盗の左袖を引っぱったまま事切れた。
雪は、ああっ、と叫びそうになって口を手で押え、息を飲んだ。
夜盗の左肩から胸に昇り龍の彫り物が見えた。他の夜盗はすでに母を殺害していた。
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