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 実は、僕、人間じゃないんだ。  これは親友であるA君の言葉。  それは、いきなり言われた、にわかに信じられない、とんでもない発言だった。  無論、彼が人間じゃないなんて事はない。どこから、どう見ても人間にしか見えない。むしろ彼こそがベスト・オブ・ヒューマン。ヒューマニズムを体現したような人間。パーフェクト・ヒューマンなんて歌があったが、それこそがA君だ。  じゃ、彼は、何故、そんな事を言ったのかという話にもなる。  あたしを、からかったのか? という可能性にも思考がむく。  A君の性格から考えると、意味もなく、からかうというのは考えにくい。いや、逆に、からかわないとは考えにくい。彼は、やはり人間なのだから、時には、あたしを、からかって楽しむ事もあるだろう。それだけ、あたしらの仲はいい。  A君は、あたしにとって唯一無二の存在〔友達〕なんだから。  だから、意味もなく、からかって楽しむ事だってあるはずだ。  なのだが、それを言った時の彼の真剣な顔、そして悲しそうな口調を考えると。  どうにも、ふに落ちないんだ。  彼が、単に、あたしを、からかって楽しんでいるように思えなかったからこそ。  じゃ、どんな意味があるのかという話になる。彼の決意に満ちた、その表情や言葉から察するにソコには大きな意味があるのだと、あたし自身も背筋を伸ばさなきゃと思うんだ。だから考える。彼が、何故、そんな事を言ったのかと。  一つの可能性として物語などで語られる実は幽霊だったというものは、どうだ?  いや、それこそ、とんでもなく、A君の言葉〔実は、僕、人間じゃないんだ〕という発言よりも、あり得ない。だけども、それでもA君のソレを発した時の言動を省みると、それも、また、あり得るんじゃないか、と思ってしまった。  川の流れが、小さな小川から始まり、そして海に行き着くよう、それもまただ。  だから、あたしはA君を観察した。静かに命を刈り取るアサシンが行う沈黙戦。  そして。  10日ほど観察して分かったのは山椒魚〔さんしょううお〕は笑うって事だけ。  意味が分からないとも怒られそうだ。そうだね。少しだけ考えて欲しい。山椒魚は国の特別天然記念物に指定されている。そして日本固有の生物。日本という国にとって唯一無二の存在だからこその天然記念物になったわけだ。山椒魚は。  あたしにとっての唯一無二の存在はA君。だから彼は彼でしかないという意味。  彼は日本にとっての山椒魚のよう、あたしにとっては大事な親友なのだと……。  そういう事。もちろん、幽霊などと断じてしまっては、逆に、あたしが悲しい。  いや、同時に思うのだ。あたしの心情など、この際、どうでも良く、それを差し引きしてみても彼が幽霊などという事はあり得ない。むしろ彼は生きている人間なのだという証拠は数え切れないほど確認できた。だからこそ敢えて断じよう。  彼は幽霊などではない。うむ。  彼は死んでなどいない。むしろ死んでいる、なんて悲しい事を考えたくもない。  じゃ、実は人間じゃないというのは、どんな意味を持つのか?  また10日ほど観察を続けた。  アンドロイドなどの機械〔ロボット〕じゃないのかと勘ぐった。幽霊よりも、いくぶんか救われる解答。それでもアンドロイドだったら、それはそれで悲しい。今現在の人間が持ち得る技術ではアンドロイドが感情を持つ事がないからだ。  彼には確かに感情がある。AIが創り出す、まやかしの感情ではないソレがだ。  そうとしか思えない。いや、思いたくもない。  だとしたら地球外生命体が創り出したアンドロイドではないかと、そこまで疑ってみた。人間が持ちうる技術を飛び越えたソレをなし得る叡智の塊こそがA君じゃないのかと思った。しかしながら、この可能性も嬉しくもながら否定された。  もし、彼がアンドロイドならば、何らかのエネルギーを補給する必要性がある。  その補給という所作が確認出来なかったのだ。  もちろん、人間と同じく食物を口にしてソレをエネルギーにして動くアンドロイドなのかもしれない。そこまでも疑ってみたが、まあ、そこまで言っちゃえば、どんな可能性もアリになってしまうのだ。だからこそ目をつむった。敢えてね。  そして、ともかくだがアンドロイドじゃない、と結論づけた。  同時に、彼は宇宙人でもない、と結論づけた。  地球外生命体が作った高性能のアンドロイドじゃないのかと疑った時点で、その可能性も、あり得るかも、と同時進行で観察を続けたのだ。詳しくは省くが、彼が宇宙人ではないという証拠は、わんさかと出てきた。とにかく人間臭いのだ。  彼は。あたしのかけがえのない親友は。うむ。  とにかく、このように一ヶ月近くの時間をA君を観察するというものに費やして分かった事。それは、彼が、間違いなく人間で、そして、わたしにとって、この世に、たった一人しかいない、かけがえのない親友であるという事実だけだった。 「ストーカ行為だよ。それはね」  なんて言い、笑った彼こそが、あたしの、たった一人の親友なんだと痛感した。 「ただ思うんだ。敢えて言うよ」  なによ? 「君は、僕を、たった一人の親友というよね。なんで僕ばっかりをかまうの? なんで他に友達を作らないの? 友達になれそうな人は周りに沢山いるよ?」  うむむ。  それは面倒くさいから。他人と関わってまで友達を作る意味が分からないから。 「そうだね。君は自分から拒絶している。他人と関わる事を。それは煩わしいからだよね。でも、それじゃ、君自身が悲しいよ。もちろん、僕も悲しいんだよ?」  でも、あたしは君がいればソレでいい。それ以上は望まない。 「だからだよ。だから僕は人間じゃないと言ったんだ。君に気づいて欲しいから」  なにを?  一体、何に気づく必要があるの? あたしは。  意味分からない。なんで、そんな事を言うの?  悲しい。  あたしは、君がいれば、それでいいのに……。  他に友なんていらない。君だけが、あたしの友達なんだから。 「君は、僕が人間じゃなかったら悲しいと言った。だから疑ってくれた。でも、それよりも、なによりも、君が、僕以外、友達を作らないのが悲しいよ。僕はね」  だって。  あたしは君以外の友なんていらない。作りたくない。人間関係なんて煩わしい。 「うん。そうだね。僕は君がそう考えるのが悲しい。寂しいよ」  なんで?  なんでそんな事を言うの。君がいればソレでいい。あたしは。  君は、私にとって唯一無二の親友なんだから。 「そうだね。そろそろ時間切れだよ。タネ明かしをしなくちゃ」  タネ明かし……、なに? それは、なんなの?  あたしは君が人間で、そして君がいれば……。 「僕は人間じゃないんだ。一人でいる事が悲しいと苦しんだ君が作り出した幻想」  幻想って。幻想ってなに? あたしが作り出したって、なに? 「イマジナリーフレンドなんだ。僕は。孤独に押しつぶされそうになった君の心を君自身が支える為に作り出した空想の遊び友達。分かるだろ、聡い君ならさ」  僕が言っている事の意味がさ。  そうだ。  君も飛び立つ時が来たんだ。僕を遺して世界へと。その素晴らしき世界へとね。 「そんな。嫌だよ。嫌だ。あたしは君がいれば、それでいい。それでいいんだよ」  ダメだ。それじゃダメなんだ。  僕は本当の意味で親友にはなれないんだから。 「待って。待ってよ。幽霊でもいい。アンドロイドでもいい。いえ、宇宙人でもいいから消えないで。消えないでよ。あたしは君がいないとダメになるから……」  ダメだ。  さよならだよ。僕の役割はもう終わったんだ。 「消えないで。お願い。あたしは君以外に……」 「おい。どうした。その顔。死にそうなツラしてんぞ。なんなんだよ。本当にさ」  変なヤツが近づいてきた。来るな。人間ッ!!  うるさい。近寄るな。あたしに。消えろッ。あたしは友達なんていらないんだ。 「まあ、そうだな。お前、いつも一人でいるから、なかなか話しかけづらくてな。いきなり話しかけてもな。ごめん。でも、その死にそうなツラを見てると……」  何だか、話しかけなくちゃ、なんて思ってな。  そだな。 「実は、俺、人間じゃなくて、宇宙人なんだわ」 「……なわけあるか。どう見ても人間じゃんか」  クソう。  今までの流れで、そのパワーワードを吐くか。  クソう。  クソう。 「あ、笑った。うんッ! 笑った方が可愛いぞ」  お前は。  アハハ。  そだね。  実は、僕、人間じゃないんだ。だからここ、ここで、さよなら。また会えるよ。  君が、沢山の幸せを手に入れ、そして笑えるようになったら。  実は、僕、人間じゃないんだ。  お終い。
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