1人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
いつの時代でも、とにかく声の大きい人というのは何処にでもいるものである。
「出鱈目言うなっ!何考えてんだっ!」
早朝の六時半。
戸外は雷鳴と激しい風雨の音が鳴り響いていたが、それらに負けない勢いで省線(※)八高線拝島駅の広い駅舎じゅうに敷島嘉助の声が響き渡った。
十九歳の事務掛、武蔵クラは「ひっ」と首を引っ込めた。
「女学校出の事務掛の嬢ちゃんに『下り第三列車指導員』なんて務まる訳ないだろうが。第一、閉塞の仕組みもわからんくせに」
クラの戦死した父も厳しい方で些細な事でよく叱られたが、少なくともこんな無神経な瞬間湯沸かし器ではなかったし理不尽でもなかった。
「小宮駅さん。すみませんが待合室にお客さんも沢山いるので、どうかお静かに」
事務室のすぐ傍の出札口(切符売り場)で応対していた拝島駅の女性職員が仕切りのドアを開け、困ったように声をかけた。
外の嵐のせいで換気もできず、照明代わりのカンテラの熱で蒸し風呂のような事務室の中に、半開きのドアから満員の待合室の人いきれが流れ込んで空気を微かに動かした。
※明治時代から終戦直後まで存在した鉄道省(戦争末期は運輸通信省→運輸省)所属の国営鉄道を「省線」と呼んだ(戦後「国鉄」→JRグループ)
最初のコメントを投稿しよう!