女の友情はライスペーパーより薄い

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 亜季瑠はいつもと同じようにバイト先のカフェを出て、自宅に帰ろうとなるべく明るい道を歩いていた。最近誰かに後をつけられているような気がするから用心していた。  地下鉄に乗り3駅先で降りて、自宅へ続く住宅街の静かな道路へ入る。大通りから一つ角を曲がると三角地を活用した公園がある。公園から猫が飛び出してきた。猫に気を取られていると、背後から何かが押し寄せた。後ろから男に羽交い締めにされたらしい。どうしていいかわからずにただ震えていると、公園の滑り台の陰から丸い何かが飛んできた。 ボカッ、ボカッ、ボカッ。男にだけ器用に当たる何か。 「痛い、何するんだ!」 男が亜季瑠を押さえつける力が緩む。亜季瑠は、とにかく男から離れるようによろよろと歩き出した。恐怖で走れない。三回響き渡る音と共に忍者のように素早く違う誰かが現れる。 「何するんだはこっちの台詞だね。このお嬢さんに何する気さ」 バスケットボールをドリブルしながら、ウルフカットの40代くらいの背の高いオバサンが男の前に立ちはだかっていた。 「ババアは引っ込んでろ」 170㎝はありそうなオバサンより頭2つ背の低い男は、亜季瑠を追い掛けようとオバサンの横を走り抜けようとする。  その瞬間、オバサンは男のパーカーの襟を掴むいやいなや、柔道みたいな投げ技を決めた。大の字に寝転ぶ男の腕を器用に駐車場の枠線で使うような縞々模様の紐で縛り上げる。 「余罪もきっちり調べてあるから、無駄な抵抗はするな。すぐお巡りさんが迎えに来る」 「何もしてない、言い掛かりだ!」 「このお嬢さん以外にあんたのアジトから二人を救出済み。警察が嫌なら海に沈む?」 オバサンは何者?海に沈めるとかヤクザ?でもヤクザなら悪い奴は放っておくはず。亜季瑠は、とにかく逃げて家に帰ることを優先した。恐怖でもたつき気味な足をなんとか走らせた。  「なぜ…わかった…」 男はイモムシのように這い回る。 「あのお嬢さんとは不思議な縁でね。ちょっくら事情があってクラウド・ガールズの配信を見てた。あんたの物騒なコメントに気づいてくまなく調べさせて貰った。プロの探偵に目を付けられたのが運の付きってワケさ」 「亜季瑠ちゃんが雇ったのか?」 「違うよ。怪しい奴を見かけると調べたくなる性分でね、職業病さ。うちの『会社』に依頼が来ている行方不明者リストとも一致した。支払いはそちらの親御さんになる」 「警察にも見つからないように防犯カメラは避けたのに、畜生」 「甘いね、警察は誤魔化せても探偵の目は誤魔化せない」 「探偵!?漫画だけだろ、そんなのは?」 「調査会社には有能な調査員がいる、ハッキングや盗聴もお手の物よ。非合法捜査は警察じゃ出来ないから」 オバサンが見張って5分、警察がパトカーでやってきた。長原和彦は監禁と誘拐で逮捕された。別荘に女性二人を監禁していた。亜季瑠に対する誘拐未遂も当然罪に問われるだろう。 「また、あなたですか?」 荒巻警部補が小説家の下川ちさこと、本名川辺知里を見てげんなりする。 「あら、荒巻さん。まだ警部補なの。もっと昇進すれば私と出くわすことは無くなるわよ」 「はあ…。非合法捜査の後始末はいつも我々に丸投げ。検挙率が上がるから目を瞑っていますが、盗聴もハッキングも犯罪ですからね!」 「まあまあ持ちつ持たれつ。絶対に秘密よ?」 「仕方ない、秘密にしますよ。供述調書の辻褄合わせは慣れました。川辺さんの探偵ごっこは、また無かったことにしておきます」 「あら?私はプロだけど?」 「皮肉です、毎回勝手に非合法捜査をして警察を顎足でこき使うから」 「捜査の手間が省けていいじゃない。またね~、荒巻君」 「二度と会いたくないんで、自分は」 「それなら昇進頑張りなさ~い」 下川ちさは、鮮やかな黄緑が特徴的な750CCのバイクに乗って華麗に去っていった。 「同じタイトルが結んだ不思議な縁よね。私の小説の『女の友情はライスペーパーより薄い』、同じタイトルのクラウド・ガールズの配信ドラマ『女の友情はライスペーパーより薄い』、まさか誘拐犯逮捕に繋がるなんて。現実世界では女の連帯は一升餅より厚いのよ。刑務所で思い知ればいい、誘拐なんてする奴はね」  下川ちさは、夜風を切り裂くようにバイクを飛ばした。名探偵は意外とあなたの近くにいるかもしれない。リサーチ会社のしがない調査員として、普段は冴えない退屈な浮気調査や身上調査をしながら、ときにはドロドロの人間模様を描く小説を書いて、たまには警察に恩を売るような大事件を解決して。世を忍ぶようにこっそり、ひっそりと影の忍者のように。 (了)
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