オルゴール箱

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 美雪(みゆき)は東京に住む中学校3年生。今日は3月8日。卒業式を迎えた。担任の先生から卒業証書をもらい、嬉しそうだ。3年間過ごした中学校を離れ、来月からは私立高校に通う。高校はもっと大変だけど、これから一人前になるためにはもっと頑張らないと。そして、大学受験、そして就職に向かって頑張っていかないと。  美雪は自宅にやって来た。自宅では父、一之(かずゆき)が待っている。きっと、美雪の帰りを待っているに違いない。 「ただいまー」  美雪は玄関を開けた。 「おかえりー。卒業おめでとう!」  そこに、一之がやって来た。一之がいつものように迎えてくれる。だけど、そこには母、波子(なみこ)の姿はない。それでも美雪は全く気にしていない。 「ありがとう」  美雪はリビングにやって来た。いつもだったら部屋に戻るはずだが、今日は卒業式だ。晴れ姿を一之に見せようじゃないかと思って、リビングにやって来たようだ。 「今年の初めは大変だったけど、無事に卒業できて、よかったね」  一之は正月を思い出した。美雪と両親は、年末年始に一之の両親で、美雪の祖父母の実家のある石川県の輪島で過ごしていた。だが、正月早々、午後4時10分、石川県能登半島で地震が発生した。それによって、輪島では大きな火事が起こり、それで波子は死んでしまった。あまりにも悲惨な出来事だったが、それにもめけずに受験を頑張ろうと努力してきた。そして、専願の私立高校に合格する事ができた。どれもこれも、波子の想いが実を結んだと思われる。 「うん。きっと天国の母も喜んでいるだろうよ」 「そうだね」  2人は天井を見上げた。その先にある空から、波子は2人を見ているんだろうか? 美雪の晴れ姿を見て、泣いているんだろうか?  と、一之は引き出しから何かを出した。だが、美雪には見せようとしない。何だろう。美雪は首をかしげた。 「美雪、お父さんから、美雪にプレゼントがあるんだ」 「本当?」  美雪は驚いた。まさか、一之からプレゼントがあるとは。 「うん。ジャーン!」  一之が見せたのは、1つの小箱だった。その小箱は、美しい桜並木が描かれている。側面は、まるで輪島塗のようだ。  一之は箱のふたを開けた。そこには、オルゴールがある。これはオルゴール箱のようだ。 「オルゴール箱?」 「うん。お母さんが作ったんだ。で、オルゴールを依頼している途中に、能登半島地震が起こって、完成を待たずして亡くなったんだ」  実はこのオルゴール箱は、中学校の美術教員だった母がデザインしたオルゴール箱で、高校受験を頑張って、専願の私立高校に受かったらプレゼントしようと思っていたものだ。だが、オルゴールが完成する前に、波子は死んでしまった。 「お母さん・・・」  美雪は波子の事を思い出した。思い出すと、涙があふれてくる。それぐらい、地震で亡くなった事がショックのようだ。 「あの時は悲惨だったな」 「うん・・・」  いつの間にか、一之も涙を流していた。  それは、今年の正月だった。2024年が幕を開けた。今年はパリ五輪の年だ。来年には大阪・関西万博も控えている。2020年から続いている新型コロナウィルスの猛威も徐々に和らいできて、これからいよいよ明るい未来が待っているだろう。 「今年はどんな1年になるんだろうね」 「ほんとほんと」  家族はみんな、今年1年に期待していた。きっと今年は、復興の1年になっていく。そして、パリ五輪の日本代表たちが日本に夢と希望を与えてくれるだろう。 「そういえば今年は、美雪の中学校の卒業式だよね」 「うん」  波子は喜んでいた。そして、緊張していた。いよいよ高校受験が大詰めだ。専願の私立高校に行くためにも、勉強をもっと頑張らなければ。そして、美雪の未来に期待しよう。 「高校受験がうまくいったら、お母さん、プレゼントを考えてるんだけど」  波子は考えていた。だが、何を渡すかは、専願の私立高校に受かったらの話だ。それまでのお楽しみだ。 「本当? じゃあ、もっと頑張っちゃおうかな?」  その時だった。午後4時10分、大きな地震が起こった。大きな揺れを感じて、家族はみんな震えた。 「えっ!?」 「地震だ! 地震だ!」  家族はみんな、机などに隠れようとした。 「隠れろ!」  だが波子と祖父母は、倒れてきた家具の下敷きになった。彼らは苦しんでいる。 「挟まった・・・」 「お母さん! お母さん!」  机の下に隠れた美雪はその様子をじっと見ていた。母を救いたい。だが、何もできない。 「早く逃げろ!」  揺れが収まり、ほっとした。だが、祖父母は下敷きになったまま、動かない。意識がないんだろうか? その時、煙を感じた。煙の方向に目をやると、火が見える。火事だ! 「か、火事だ! 早く!」 「大変だ!」  美雪と一之は逃げた。だが、美雪は戸惑っていた。浪子と祖父母が家にいるのだ。このままでは焼死してしまう。 「お母さん!」 「私の事はいいから、早く逃げて! 生きて!」  だが、意識を取り戻した波子が逃げろと指示する。2人だけでもいいから、生きてほしいと思っているようだ。 「・・・、うん・・・」  2人は決意した。何としても生き残ろう。私達には未来があるから。 「早く行こう!」 「うん!」  2人はなんとか家の外に出た。河原田川までやってくると、あまりにも悲惨な光景が広がっている。朝市通りが大火事になっているのだ。昨日の大晦日、おせちの材料を買いに行っていた朝市通りが、まさかこんな事になるとは。とても現実とは思えなかった。 「はぁ・・・。はぁ・・・」 「な、何だこりゃー!」  一之は絶句した。これが輪島なのか? とても信じられない。まるで悪い夢を見ているかのようだ。 「早く逃げろ!」 「お母さん! お母さん!」  だが、波子や祖父母の声は全く聞こえない。もう死んだんだろうか? 「もうだめだ・・・」  一之は肩を落とした。正月早々、どうしてこんなひどい目に遭わなければならないんだろう。 「どうして・・・、新年早々から・・・、こんな事に・・・」 「つらいよな・・・。つらいよな・・・」  2人はただ、燃えさかる炎を見る事しかできなかった。その後、波子と祖父母の遺体が見つかった。2人は遺体の前で大粒の涙を流したという。  2人は泣き止み、輪島に思いをはせる。輪島が復興するのは、いつになるんだろう。復興したら、また行きたいな。そして、波子と祖父母の冥福を祈りたいな。 「どうして正月早々にこんな事にならなければならなかったんだろう。天災とはいえ、ひどすぎるよ」 「そうだね。だけど、受け止めないと」  美雪はオルゴール箱を手に取った。浪子が渡すはずだったオルゴール箱は、とても美しい。裏には、『卒業おめでとう』と書かれている。 「オルゴール、聞いてみようか?」 「うん」  美雪はオルゴールのねじを回した。すると、『旅立ちの日に』が流れてきた。それが流れると2人は、思わず『旅立ちの日に』を口ずさんでしまった。2人はいつの間にか、うっとりとしていた。浪子と過ごした日々が走馬灯のようによみがえる。だけど、波子はもうここにいない。  オルゴールは止まった。2人は感動していた。 「こ、これは! 旅立ちの日に!」 「いい曲だね」  と、美雪は天井を見上げた。 「お母さん、ありがとう。これからも、頑張るよ」  お母さん、今までありがとう。これから、高校、大学に進み、就職、結婚、出産と経験していく。遠い空から、見守っていてね。
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