第二話 CANDY GIRL

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六条坂家は地元の名士だ。 元々酒蔵をしていて代々藩主に地元の極上銘酒として上納していたほどだったが、温暖化の影響でいい酒を造るのに土地が適さなくなり先代が蔵を閉じた。 だが酒造りの中で使っていた酵母が貴重な菌であることがわかり、そこから様々な事業を展開。現在は地元企業として全国的にも名が通り六条坂は名家になった。 蔵を閉じた美里の祖父は会長としてその事業を見守り、父も大学では細菌を研究し博士号を取得。会社を継ぎ祖父と共に盛り立てている。 長兄は幼い頃からラグビーをしていて日本代表にまで選ばれながらも一流大学を卒業と共に引退。銀行に就職し経営マネージメントを会得しいずれ父の会社に入るつもりでいる。 次兄は大学在学中だが起業し地方の小さい商店同士をつなげて小さなネットワークを作りその地元を活性化する企画がクローズアップされ卒業前から注目の経済人としてテレビにコメンテーターで呼ばれるほどだった。イケメンで女子にも人気がある。 母親は独身時代から洋服の定額サブスク事業で成功するが、デザイナー思考が強かったため効率化ばかり重視される流れに辟易としていた。美里を身ごもった時点で事業を売却。今は猫の服を自分でデザインして作ったショップを経営しネット販売を中心に最近実店舗も3件目を都心に出した。 美里の家族はみな“出来る人”であった。 だが……。 「六条坂。わかっているとは思うけど、進学なら相当勉強頑張らないと難しいぞ。まぁどこに行くかにもよるけどな」 雑然とする職員室。3年生担当の教師の机が集まる一角に担任の先生と美里は膝を付き合わせて座っていた。 美里はうつむきながら口を開いた。 「先生。高校時代50メートル走何秒でした?」 「あ?なんだよ突然。お前位の時は7秒くらいじゃないかな」 「私、9.2なんですけど。うちの上の兄、何秒だと思います? 5秒台ですよ。5秒台」 「おお、すごいな」 「先生私の偏差値知ってますよね?」 「3……いや。偏差値は目安だ。共通テストの出来次第で結果は変わる。勉強すればいいんだよ。今からでも間に会うぞ」 「ウチの二番目の兄、高校時代の偏差値80越えてたらしいんですよ。80って何。逆に怖い」 美里は冷たい表情で語る。 「さ、さすがだな。あのテレビ出てる人か」 「先生これなんだと思いますか?」 美里は袖口のボタンを触りスクリーンを出すと画像を映す。 ペイントソフトで描かれた落書きのような絵に先生は絶句する。 「ぱ、パンダ、いやこれは恐竜……」 「猫です」 「えー! これはお前、猫って」 「ではこちらは」 美里が次の画像に切り替える。そこには美麗に描かれた猫の絵が映っていた。 「一緒に描いた時の母の絵です」 「すごいな。デザイナーだっけ?やっぱり絵もうまいんだな。うちの猫制服もたしか……」 美里は画像を消し、制服のスカートを膝の上でぎゅっと掴んだ。 「先生。あたし本気でDNA検査しようかと思ってるんです。ウチの家族、天才ばっかりなんです。あたしみたいな凡人が生まれてくるわけない! きっとどこかで拾われてきた子なんだー! わぁぁぁぁ!」 美里は大声で泣きだし、他の先生たちの注目を集める。担任の先生は困った顔で薄い頭をかくと、机にあったティッシュボックスを渡して美里の肩をかるく叩いた。  「ろ、六条坂美里よ」  「せんせー、フルネームはやめてください!その苗字で呼ばないで!」 鼻水まで出ているグチャグチャの顔に一瞬固まりながら先生はティッシュを数枚出して美里に押しつける。 「お前さ。じゃぁやったことあるのか? スポーツ、勉強、芸術なんでもいいけど真剣にやったこと。お兄さんたちやお母さん。お前の父親だってスゴイ社長だろ確か。みんないきなり出来たわけじゃない。 努力して修練して積み重なった結果だろ。やったことなくて比べても差があるに決まってるだろう? 」  美里は黙った。“先生に私の気持ちなんてわからない”そう思った。 「とにかく。六条坂よ。時間は容赦なく流れていく。家族が天才なのはわかった。ある種のプレッシャーもあるんだろう。でもな進路は決めなきゃならん。もし進学しないのなら就職って方法もある。自分の事だ。それこそ家族と相談をちゃんとしなさい。すごい人ばっかりなんだきっと良いアドバイスをくれるぞ」 「……はい」 うなだれたまま返事をし美里は職員室を一礼して出た。
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