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それから数年が経った。
高台にある某女学院高等部。3年1組の教室。窓からは地元も街が見渡せる。
教室の中には@スピーカをつけた猫も制服を着て机の上に座り授業を受けている。
「ろくじょうざか! 六条坂美里」
4時間目の授業が終わり昼休みになろうという時、髪の薄くなった担任の先生が美里を呼びとめた。
「せんせー、フルネームで呼ぶのいい加減止めてください。」
周りの生徒がすこし笑う。
「すまん、“とおり”が良いものでつい。それより進路希望が出てないの君だけだぞ。迷ってるなら相談乗るから今日放課後に職員室来なさい」
「えぇー」
「えー。じゃない。“はい”だろ。18歳はこの国ではもう成人なんだぞ。いつも言っているだろ常識を持ち良識をって。じゃ後でな」
「はぁい」
担任の先生が廊下に出ると美里はカバンから弁当を出して、友人グループの元に向かう。
「ねぇ放課後、映画行かない? ニイニからムビチケ2枚もらったの。足りない分は割り勘してさ」
美里が袖口のボタンを触るとスクリーンが出て映画観賞券のページが表示される。
「ごめん。行きたいけどちょっと塾だよー。土曜に模試なんだ」
「私もだよ。数学がちょっと低くてー。ひなたも部活って言ってなかった?」
「うん、ごめん美里。二年がだらしなくてさ。ちょっと教え残したことあるから」
美里はスクリーンを消して残念そうに笑う。
「そっか。そうだよねー」
「てかさ。美里、進路決めたの?」
「え……」
「美里から進路の話って聞いたことないよね」
美里の目が曇る。
友人の1人が玉子焼きをほおばりながら言った。
「美里はやっぱり理系の大学?六条坂グループって酵母とか体に良いなんたら菌とかの会社でしょ?」
「そうなの?でも家とやりたい事は違くない? たしかお兄さん全然違う仕事してるよね?」
「うんまぁ。一番上は銀行員で二番目は大学生だけど起業してる」
弁当箱も開けずに美里は下を向く。
「知ってるよ。里志さんでしょ? よくテレビ出てるよね」
「いいよねー美里。六条坂グループの娘でエリート兄さん二人でしょ。お母さんも経営者じゃなかったっけ? なんでも出来るじゃん」
うつむいたままの美里の暗い表情に友人の1人が気づく。
「あ、でもさ」
美里はその子を見る。
「あたしらは美里の友達。六条坂とか関係ないから」
美里の目に涙が貯まる。
「ね」
「うん」
その子が肩で美里に寄り添うと思わず美里はその子を抱きしめる。
他の子も目を合わせて抱き合った。
六条坂美里はコンプレックスの塊だった。
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