VS勇者・3ラウンド①

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VS勇者・3ラウンド①

dad07791-a965-4806-a8e6-2f9bb38db9cc 赤ん坊のころ、俺は森に捨てられていたらしい。 たまたま茸や薬草の採取をしていた男、父に助けてもらい、そのあとは村ぐるみで育ててもらった。 父も周りも、いい人ばかり。 捨て子ながら、むしろ、生みの親に見放されてよかったと思うほど、恵まれた境遇だったもので。 自分では、そうは思わなかったが、容姿と才能にも恵まれているらしく、周りは熱狂的にもてはやした。 「こんな、ちっぽけな村にいるのは、もったいない!」 「きっと成長すれば、大業を成すため、旅立つだろう!」 皆がやんややんやするのに、俺はぴんとこなかったし、父のように村でこつこつと堅実に暮らすことを望んだ。 が、世界の情勢は、許してくれず。 女神を監禁して「世界を我が手に!」と魔王が台頭してきたとの噂が。 しばらくもしないで、山奥でひっそりと営む村にも、その影響がでてきたころ。 村長が重い口を開いた。 「大昔にも魔王が世界征服を目論んだことがあった。 今よりもっと、急速に苛烈に。 それを阻んだのが、今、魔王の手によって監禁されている女神さまだ。 女神さまは、これぞという男を選び、神の力が宿った剣を授けた。 はじめの勇者の誕生だ。 勇者は仲間を集め、女神さまに助けてもらいながら、魔王打倒へ。 じゃが、あと一歩のところで、魔界に逃げられてしもうた。 そのあと魔王は引きこもったまま、地上に顔をださず、世に平和が訪れたのだが・・・。 回復をし態勢を整えたら、また人間界に魔の手を伸ばしてくるだろうと、女神さまは憂慮し、世界の果ての監視をつづけた。 一方、パーティーは解散したとはいえ、勇者が故郷にもどると、授けられた剣を捨てずに、岩に突き刺した。 いつかまた魔王が君臨したとき、剣を抜いた者に、力を継承させるため。 その岩があるのが、この村なのじゃ」 そう説明されながら、つれていかれた洞窟の奥には、たしかに岩に刺さった剣が健在。 錆びずに、研ぎたてのような輝きを保ち、岩のあたりにだけ日の光がそそいで。 まずは村人全員で試そうと、男女かまわず、つぎつぎと剣の柄をにぎった。 が、誰も歯が立たず、諦めかけていたとき、あっけなく引っこぬいたのが俺。 前の人が悪戦苦闘するのを見て、かなり踏んばって力をこめたものだから、後ろにすってころりん。 顔を上げたときには「我らが勇者よ!」「我が村から勇者が!」とお祭り騒ぎ。 それから、村の剣士から訓練を受けたり、冒険の知識を学んだり、巡る国や地理の勉強をしたり、旅のルートを決めたり、準備に追われて、忙しいままに旅立つまでは、あっという間。 急ごしらえに、勇者として冒険に踏みだすことになったものを「人格も能力も心がまえも文句なし!」と太鼓判を押されて。 正直、心が追いつかなかった。 魔王にお灸をすえたいとも、世界を救いたいとも、人人に希望を与えたいともとくに思わず。 周りが熱烈に望むのを、断れずに応じるといった具合。 消極的な志ながら、期待を裏切らずに勇者をやれたものだから、そのままずるずると。 本当のところ、今も俺の心境は、そのころと、さほど変わっていない。 どれだけ人に「勇者」「勇者」と崇められ、拝まれても、どこか胸を張れずに困ってしまう。 いまだに俺の望みは、父のように村で静かに穏やかに生活をすること。 ただ、今はすこしだけ「魔王を早く、倒したい」と積極的になっている。 今までは「父と暮らしてい故郷にもどりたい」といじいじしていたのが、過去ではなく将来に目を向けるようになったのだ。 その夢を叶えるのには、魔王打倒が欠かせない。 俺の意識を変えた彼との遭遇は、運命的でもロマンチックでもなかった。 初めて目にしたときは荒っぽい連中にリンチされていたし。 助けてやり、事情を聞いたら「あいつら全員の女とヤった」とどうしようもなく自業自得だったし。 町や世情について教えてくれながらも「世間知らず」「田舎者」と馬鹿にしたし。 俺が勇者と知ったら「恩返しについていく!」と態度を豹変させたし。 でも「勇者一行つったら、超モテるもんな!」とすぐにボロをだしたし。 多くの人が「勇者」「勇者」と敬って恐縮するのに比べ、なんとも舐めた態度。 といって「無礼な」とは思わず、彼といると心安さを覚えた。 勇者をナンパのだしに使うような彼だが、そんな彼だからこそ、俺を人並みに年下扱いし、ときに年上として頼もしく、ふるまったもので。 「勇者さま」「勇者さま」と誰もがすがって頼ってくるのに、彼だけが、手を差し伸べてくれて。 はじめて仲間になってくれ「どうして、あんなヤツが」と陰口を叩かれながら、今もそばにいてくれる、そう彼は、踊り子のキーだ。
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