桐山の会社に入社したら茅早のストーカーに会いました

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 桐山の代理で参加した某会社の新商品発表のを兼ねた講演会。茅早も来るかもしれないと言い含められ、クソ忙しいスケジュールを縫って参加してみれば、彼女はいなかった。だましやがったな、桐山とムカついていたところだった。とはいえ、参加した以上、営業の一環で愛想よく関係がありそうな会社と名刺交換。これが桐山の目的だったんだろうけど。ここらへんで撤収しようと会場を出たところに見知った顔、つまりは会いたかった茅早を見つけたというわけ。  会場に着いて茅早がいないと分かったときは、足元を見やがってと桐山をののしっていた。講演会も終わり、さっさと退散とホールに出たら、お目当ての、つまりは茅早がいらしたと。それも、なんか知らん奴に絡まれてるっぽい状況だった。もとい、その相手は恐らく茅早の取引先かなにかなんだろう、きちんとスーツも着ていたし。ただ、なんか雰囲気としては相手方にやや押されている感じの茅早を見つけたのだ。様子を窺っていたけど、今にも茅早の腕を取ろうとするような勢いに、さすがに足を止めてしまった。どうやら、茅早をバーラウンジに連れ込もうとしているような様子だったから。とりあえず声をかけてみるものか、それとも気づかなかったふりをして素通りしたほうがいいのか。でもあれって、見ようによってはハラスメントとやらになるんじゃないのか、と考えてみたり。 「エンプレ・マウントの竜ケ崎さんですよね?」  さぁどうするかと、彼女たちの比較的そばを通り過ぎようとした時、俺の逡巡を吹っ飛ばすように、茅早の方から声をかけてきたのだ。そうくるか?こうなったら、こちらも対応せねばと距離をつめた。 「どうも。ご無沙汰しておりました、酒々井さん」 「丁度良かった、SSB商事の牧田さんが丁度いらしてて、エンプレ・マウントさんにもご紹介できたらと思っていたところなんです」  それはいくらなんでも、その話の展開は無理筋ではと思ったけど、ビジネス用のスマイルを貼り付けて対応することに決めていた。それにしてもSSB商事?大手とまではいかないが中堅の専門商社というところか。まぁ、知らない会社ではないし名刺交換だけでもしてみるか。とりあえず、素通りするという選択肢は消えたらしい。  営業モードに切り替え、茅早が先ほどから絡まれていた、いや立ち話をしていたらしいSSB商事の牧田とかいう男と型通りの名刺交換。何となく、ネガティブな周波を牧田氏から受信したが、気づかないふりをする。 「エンプレ・マウントさんにはいつから?」 「最近ですね」 「最近、入られたんですか?桐山社長とは一度ご挨拶をしたことがありますよ」 「そうでしたか?桐山を営業の方で支える仕事をすることになりまして」 「桐山さんと言えば、ネットや雑誌の方では話題になってますよ。お若いのにご活躍とか。ウチの会社でも若い女性たちから名前を聞くことがあります。いろんなところから、ちやほやされていらっしゃる」  ちょっとトゲのある言い方だなと思いながら、その牧田さんを観察させていただく。左手の薬指には結婚指輪、40代後半、その目は今のこの状況を好ましくないと思っていることがありありと分かる。つまり、俺が邪魔。さっさと消えろって負のオーラ。一応、ビジネス用の愛想は微かに残してはいるが。 「桐山社長とは同年代で。ちょっと心強いなぁって思っちゃいました」  にらみ合った形の俺と牧田さんの気まずさを解消しようとしてか、俺たちの会話に茅早が参戦してきた。さすがに元同級生情報までは公開するつもりはないらしい。 「私も雑誌、拝見しましたよ。桐山社長はイケメン会社経営者みたいな読みやすい特集でピックアップされてましたね」  牧田が茅早の方だけを見ながら言葉を返す。 「まぁ、イケメンではないと思いますけど」  俺はどうでもいいところを否定してみる。  まぁ、あいつ、アングルによってはイケメンに見えることもあるからな。さっきから、牧田からのちょいちょいのディスりはスルー。とりあえず桐山の顔面偏差値案件はこの際どうでもいい。 「当社もAIの流れに乗れてみたいでして」 ビジネスの話題に戻そう。無難な会話が続いていく。 「竜ケ崎さん、今、お時間あったりします?この前ご提案頂いたエンプレ・マウントさんからのプレゼンの件、ご質問したい点があったんですよ。これからお時間があるようでしたら、お話を伺うことは出来ますか?上司も乗り気でして」  茅早の会社に営業をかけて記憶はないが、とりあえず茅早からの断るなというプレッシャーを感じさせる強い眼差しに軽く頷いておくことにする。しかし久しぶりだな、こんなに真っすぐに見つめられるの。 「AIの導入のご相談でしたね。これも何かのご縁かもしれませんね、酒々井さんさえ宜しければ、早速」 「こちらも仕事の話のはずだが」  おっと忘れてました。牧田君からクレームが入った。 「牧田さんとのお仕事の話は、今度、関連部署とも連携したいと思ってますし、上司も同席したいと申しておりましたので、アポイントを取り直したいのですが」  バーラウンジの方から距離をとりたがる様子の茅早。 「最近は仕事とはいえ、男女二人というのはハラスメントにもなりかねませんから、気を遣いますね。特に場所がバーなんかだと一発アウトになるような難しい時代になりました。そうですね、酒々井さん、ウチのオフィスに寄って頂けませんか?AIシステムの導入事例など、実物を見て頂いたほうが話が早いと思いますし。SSB商事さんも、もしよろしかったら、ご一緒にいかがですか?」  苦虫を噛み潰したよう、久しぶりに頭に浮かんだフレーズ。そんな顔の牧田に誘い水をかけてみた。 「私はこれから別件があるので失礼するよ」  ちらりと牧田君が茅早にちらりと視線を送る。その視線に気づかないふりをする茅早。極まりが悪くなったのか、牧田君は引き下がることにしたらしい。 「今度、桐山社長の今後のビジネス戦略などを聞いてみたいものですね」 「桐山に伝えておきます」  三すくみ的な状況だなと思いながら、三者それぞれ儀礼的な笑みを浮かべる。やっと牧田君が退場。 「ゴメン、巻き込んで」  ため息交じりに茅早の疲れた声がした。 「とりあえず、この茶番劇の経緯でも聞いてもいい?」 「うん」  そして俺たちはタクシーに乗り込んだのだ。  
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