再会

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再会

「この度はご愁傷さまです」  お香典を受け取りながら、祖母の知人だという杖をついた高齢の女性の手を引く女性から頭を下げられる。きっと祖母の友達かなにかなんだろう。付き添っているのは私と年齢が変わらないから、孫かな。私もこんな風に祖母に寄りそうチャンスはいくらでもあったはずなのに。結局、おばあちゃん孝行は、ほとんど出来ていなかったなと心が痛んだ。  祖母の葬儀は、本人のたっての希望で、今時、珍しく自宅で執り行われることになった。そのためか、葬儀会社の人もいつもと勝手が違うらしく、さっきまで二人いた受付の一人のスタッフが自宅の奥に呼ばれていってしまった。そして私が受付をまさに済ませようとした時、残った受付の方の携帯が鳴り始めた。  「先に電話出て頂いて大丈夫ですよ」と私が言うと、彼は頭を下げてスマホに応答した。その彼までも、そのまま、やはり奥へと席をはずしてしまう事態となり、結局、受付に誰もいなくなってしまったのだ。私の後ろにも参列者が並んでいたので、受付担当が不在という状況を放置するわけにもいかず、とりあえず急場の受付を担当してみることにした。血縁者だし、後で文句を言われても大丈夫だろうし、参列者を待たせるよりはいいかなと考えたからだ。その時の私は、実のところ、まだ祖母の家の中に入る決意がつかず、香典だけ置いて帰ってしまおうかとか、いろいろ葛藤中だったので、渡りに船だったのだけれど。そして、結局そのまま受付に居座る結果になってしまった。 「なんで茅早が受付してるわけ?」  参列者の受付がちょっと途切れ、テーブルの上を手持ち無沙汰でなんとなく整えていると、前かがみになっていた私の頭の上の方から声がした。顔を上げなくても分かる。これは(かける)君だ。出来れば、スルーしたかった人の一人。でもここで無視するわけにもいかないから、私はきちんと顔を上げた。 「ちょっとだけ受付の手伝いを」  そう答えているときに、まさに葬儀スタッフの一人がお戻りになられたらしい。 「すみません、えっとあなた方は?」  受付に居座る私にスタッフの人から訝し気な視線が向けられた。 「えっとですね」  どう説明しようと頭を整理していたら、颯君が先に簡潔に用件をつたえてくれる。 「彼女は故人の孫の酒々井茅早(しすい ちはや)。私が喪主の義理の息子の竜ケ崎(かける)です。受付に誰もいなかったので、彼女が手伝ってました」  彼の圧に押されたのか、葬儀スタッフの方が慌てて頭を下げてくる。 「すみません、中座してしまい、お手数をおかけしました。身内の方なのに受付まで。もうこちらは大丈夫なので中に。お坊さんももうじき到着されるようですので」  颯君の上からモードに気圧(けお)されて、いきなりへりくだりモードを余儀なくされた葬儀スタッフの方がちょっとお気の毒に見えてくる。 「行くぞ、茅早」 「はい」  颯君を避けるどころか、一緒に祖母の家の中にむかわざるを得なくなった。待ち合わせしたみたいになってないよね?誰も思わないか。出来ればこのまま受付の裏方でもしていたかったけど、そういう訳にもいかないらしい。  モタモタしていると、颯君にガン見されてしまい、葬儀用のバックを慌てて掴み、彼の後を追うことになる。なんか、ともかく気まずい。何かしゃべったほうがいいんだろうか。颯君と会うのは何年ぶり?向こうも話しかけてこないし。昔はこれでもよくしゃべったのにな。いつからだっけ、颯君に苦手意識を持つようになったのは? 「元気だった?」  先に話しかけてくれたのは颯君だった。想定より穏やかな声に安堵の溜息を小さくつく。 「どうにか。颯君は?」 「まぁ俺もどうにか」  それだけの会話をすれば、もう祖母の家の玄関に到着したから、ホッとする。祖母の家は都心にしては珍しく、比較的広いと言っていい庭がある。だからこそ外玄関から自宅玄関の間に受付を置くことが出来たのだ。とは言っても、そんなにだだっ広いわけではないから、家の玄関は受付から目と鼻の先。一言二言の会話で、私たちは玄関にたどり着いてしまったので、会話は終了。おかげで私はひそかに心をなでおろすことが出来た。  玄関で靴を脱ぐことになったのだけど、多少広めにスペースがとってある玄関とはいえ、私たちの前にも人がおり、結構混みあっていた。靴の係の人が玄関の脇に急拵えで置いたらしい靴箱に、参列者に番号札を渡しながら靴を片付けていく。そこで微妙なタイムラグが生じて、颯君は私より先に家の中に消えていった。これで二人同じタイミングで登場という事態は避けられたかな。  玄関を上がる。何年ぶりかな、ばあちゃんの家。やっぱり懐かしい。祖母の体調がよくないことは知っていたし、祖母が私に会いたがっているのも知っていたけど、バツイチになっていた私に祖母の家の敷居は高かった。最期まで家に居たいと祖母は言ったという。最期のわがままだからだと。まだ大丈夫、そう自分に言い聞かせてお見舞いに来なかったのは私の勝手な自己都合だ。状態はあまり良くないとは聞いていたのに。お見舞いに行かなきゃという気持ちとどの(ツラ)下げて会うんだという葛藤。自分のメンツなんてどうでもよかったじゃないか。  祖母の病状の連絡をくれたのは兄だった。私には兄の他に妹の華凜がいて、3人兄妹の真ん中だ。昔から、寂しくても素直に甘えることが苦手な中間子、それが酒々井茅早、アラサー、バツイチの私だ。私が母からの電話にはでないことを知っている兄は、家族の近況をたまにメールで知らせてくれていた。私にとって、祖母の家だけじゃなく、実家の酒々井の家の敷居も万里の長城並みに高いし、壁のように広くそびえて、越えられそうにないのだ。 「おばあ様の葬儀には参列するよな?」  兄からの連絡に、さすがにそこまでの不義理はできないから、「参列させていただきます」と返信した。久しぶりの祖母の家への訪問が喪服を着て来ることになるなんて。私が結婚を決めて報告に来て以来だから、こちらも7年ぶりくらいか。  
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