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#2 雪化粧
「雪化粧」のタネが届いた。
種苗の通販サイトから、渡瀬愛子様宛に、「雪化粧」って品種名の、かぼちゃのタネが届いた。
あいこさんが生前注文したやつだ。正確に言うと、二人でノリで買っちゃうかーって言いながら、あいこさん名義で注文したやつ。撒きどき前に発送されたみたいだ。
こういうことは最近よくある。
あいこさん宛の、Amazon定期おトク便が突然やってくる。
洗剤とかオリーブオイルとかなら全然いい。濃密なテクスチャで傷みを補修しキューティクルを保護してくれる系のコンディショナーも、ショートボブと言えなくもないおれでも使えるからOK。
一番困るのが、生理用品だ。本当に困ってる。
当然おれが使うあてはないし、職場の仕出し屋やダンススクールでおすそ分けしようもんなら、今の日本じゃセクハラ確定だ。これから先できるかもしれない彼女に使ってもらう…も最悪。死んだ元カノの生理用品を流用するなんて、これ一発で振られる可能性大だ。
天下のAmazonだからきっとストップする方法があるんだろうけど、困ったなぁのあと、すぐ忘れてしまうのがおれの良くない所で。
*
あいこさんの、そしておれが今住んでいるこの家の横には大きな原っぱがある。田舎の良い所は土地だけはふんだんにあることで、この原っぱもあいこさんのおばあちゃんから受け継いだ土地だった。春にはシロツメクサが咲く。
「あいこさん、花冠作ったりしたでしょ。」
「まあね、指輪とか。女の子大体通る道でしょ。
今回は合ってるけどさ、君女の子に夢見がち。」
夢ぐらい、見させてよ。あいこさんの子供時代なら尚更、キレイな思い出もあってほしいと思う。
「ここにさ、謎にカボチャ生えた年あんのよ。」
多分おばあちゃんが適当に捨てたカボチャのワタから生えたらしい。2mほど伸びたツルに、ごろんごろんとカボチャが生っていたそうだ。
「半野生だし、おいしくはなくて、結局大半は腐っちゃったけどね。」
じゃあ、来年の夏はさ、ちゃんとおいしいカボチャ作ろうよ。そう言うと、
「……そういうことしてもいいかもね。」
歯切れは悪いけど、乗っかってくれた。戻り際、ルターだね。とあいこさんは呟いていた。おれはよくわからなくて流したけど、多分そう言っていた。
「雪化粧」は、表皮に白く粉を吹く品種で、紹介文は「食味最高」と自信満々で。
「いや、この時代に『最高』って断言できるの強すぎ。
私も言われたいわ、渡瀬愛子、人として最高、とか。」
「あいこさんはもう最高になってますねぇ。」
無言で流される前提で返したけど、
「”最高”のデフレがすごいわ。今インフレ基調ですけど大丈夫?」
と返してくれた。リアクションしてくれてサンキュー。
でもあいこさんの「最高」も大概デフレしている。
だし巻き卵の表面が黄色一色に仕上がったとき。スーパーの駐車場で、出入り口付近がたまたま空いた時。いつも聞いてるラジオのスペシャルウィークのゲストが、ごひいきの芸人だった時。
全てが「最高…」で片付く。
でもおれは、そんなあいこさんと、デフレした最高を拾い集める日々を愛していたんだ。
おれの最高は、あいこさんが料理を褒めてくれる時。
いつだったか、カボチャの煮物を作った。丁寧に、面取りまでした。実家の母もおばあちゃんも、面取りなんかしない。
それを横から覗いたあいこさんは、
「おうおう、古い家で面取りなんかしちゃって。
丁寧な生活してますなぁ。誕生日に、オーガニックコットンのボーダーTシャツ10
枚ぐらい買ってあげよっか?
日本製の丸眼鏡でも買ってあげようか?」
面取りに親でも殺された?ていうかおれの誕生日知らないでしょ。
「あ、でも12月にTシャツは寒いか。え、冬の丁寧って何?フェアアイル柄のニット
とか?」
誕生日知ってんじゃん、最高。
面取りしたら、やっぱり煮崩れしなくて美味しかった。作り置きにと思って多めに作ったけど、あいこさんがモリモリ食べたので、すぐに無くなった。
*
雪化粧が成る頃も一緒に居て、また煮物作ってあげようと思ってたのに、まさか種が届く前に居なくなるなんて。
とりあえず蒔くけど、大量にできちゃったらどうしよう。バイト先で配るか、無人販売所でも作っちゃうか。「うちで作ったかぼちゃです」なんて言って配ったら、ほんと丁寧な暮らししてる男になってしまう。玄米食にでも切り替える?
…って、うち山のように米あるわ。
あいこさんが居なくなって、もう丁寧どころか、ろくに食事作ってない。バイト先のおばちゃんが
「一人になっちゃって大変でしょお。」
とくれる、高野豆腐の煮物やら煮魚で食いつないでいる。そろそろ青いもの食べなきゃなぁとは思うけど、こんな状態になって、自分を大事にしても、という思いが頭を掠める。
おれもあいこさんも、雑に生活してるつもりだった。食事は、お互い気まぐれに作って、多めに出来たら
「あれ食べといていいよ」
って分け合って、結果なんかいいバランスになる、という程度。
掃除も、そろそろ埃が目につくなぁと思い始めた頃に、どちらともなくフローリングワイパーなり掃除機なりをかけ始める。そして、最終的にふたりで掃除し、
「いやあずいぶん頑張りましたなぁ。」
「偉業偉業。ノーベル家事賞。」
と言ってビールを開けた。
お互いが居ることが、生活を形作ろうというモチベーションになっていたのかもしれない。生活のハリ、ってやつだ。
ハリのない腑抜けたおれが寝転べば、視界の端に埃が見える。これも、あいこさんの服の繊維や髪の毛でできてるんだよなぁ…とか考えて、うわおれキモッ。とびっくりする。
びっくりしながら、じわっと出てきた涙を畳に落とす。情けないけど、ふとした瞬間、たまに、こういうことが起きる。
情けなさを振り払うように、困った生理用品の行き場を考える。
あ。
居酒屋に寄付しようかな。あいこさん、前に別の飲み屋でトイレに生理用品が備え付けてあったと言って、
「あの店分かってるわ。」
と感心してた気がする。
おれとあいこさんが、同居前からよく行ってた居酒屋。ライブ参戦後の感想戦を、あの店で語り合った。
葬儀には来てもらったから、店長も一応おれのことは覚えてるだろう。いきなり知らない客が生理用品いりませんかーなんてやって来たら、引いちゃうからな。あいこさんのことは認知してたと思うし、「あいこさんの彼氏」ってことで、電話してみるか。
彼女に先立たれ、生理用品の行き場に困ってる男に、ちょっとは同情してくれるかもな。
引き渡すときはレジ袋にしっかり来るんで、「例のアレです…」って、よろしくない薬みたく渡すんだろうな。日本は早く、生理についてオープンになるべきなんだよ。
突然社会問題に思いを巡らせつつ、今時点の、デフレしてないであろう最高の対応を思いついたおれを心の中で称賛した。
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