一生分の初恋を、君と

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 良介とはそれからも何度か食事に行った。  初めて会ったときに未来がお酒でやらかしたせいか、いつもお酒なしのただの食事だ。  研究が忙しいせいか、良介と約束をするのはいつも夜の遅い時間だった。お酒を飲んでいないけれど、良介は必ず未来のことを家まで送ってくれた。  一度だけ、家に上がっていきますか? と声をかけたことがある。未来の誘いに、良介は目に見えて固まった。  それから、「そういうことは彼氏にしか言っちゃだめだよ」と嗜められる。  恋の駆け引きをするならば、「志摩さんが彼氏になってくれるんじゃないの?」と言ってみてもよかったかもしれない。でも未来はそれを口にしなかった。  未来自身もまだ、良介に対する感情に名前を付けかねていたからだ。だから二人で食事に行くことをデートと呼んでいいのかは分からない。告白をされたわけではないし、恋人になったわけではないことは確かなのだが。  良介との曖昧な関係が続いているときだった。中学生の頃から仲良くしてくれている親友、藤沢愛梨から連絡があった。 『同窓会なんて大袈裟なものじゃないけど、あのとき仲良かったメンツで集まろうよって話が出てるんだよね。未来も来るでしょ?』 「仲が良かったメンバー…………」  そう言われて一番に思い浮かぶのは、中学一年生のときに同じクラスだった六人組だ。普段は男子三人、女子三人で別れて行動していたが、卒業するまでに何度も一緒に遊んでいる。 『そうそう。私と未来と茜、それから翔と達也と長岡のバカ』 「ふふ、なんで拓馬くんだけバカ呼ばわりなの?」 『だってあいつ、また他の女と隠れて連絡取ってたんだよ!? 信じられない!』  愛梨と拓馬は、中学生のときから付き合っては別れて、を繰り返している。しょっちゅうケンカをしているが、ケンカするほど仲がいいというのはまさに二人のことだ。  もう嫌い、二度とあんなやつに会いたくない、とどんなに愛梨が言っていても、二週間もすれば仲直りをしているのだからすごいものだ。  羨ましいな、と未来は思ってしまう。不満を隠すことなく本音をぶつけ合い、ケンカはするけれど、長く付き合っている。きっと愛梨と拓馬は結婚をするのだろう。愛梨本人には聞いたことがないが、愛梨のいない場で茜と二人、その話で盛り上がったことがある。  拓馬に対する不満を電話口で吐き出していた愛梨だが、しばらくすると怒りもおさまってきたらしい。  未来も来てくれるよね? と突然話の矛先が自分に向き、未来は言葉に詰まってしまう。  友達には会いたいと思う。同性である愛梨や茜とはよく遊んでいるが、他の三人に未来から声をかけることはない。会って話せば楽しいと思う。でも、一つ年を重ねるたびに、異性の友達との距離が遠くなっていく気がした。  三人の中に、忘れられない恋の相手、翔がいることも、気軽に声をかけられない原因の一つだろう。  翔に会いたい。でも、会うのはこわい。会ってまだ好きだと自覚してしまうことが。そして、その恋が叶わないものだと思い知ることが、こわいのだ。  答えに悩んでいる未来に、やけに静かな声で愛梨は言葉を続けた。 『翔が、未来に会いたがってたよ』 「…………えっ?」 『未来に今いい感じの相手がいるって話したら、気になるみたい』  それは、良介のことだろうか。  友達とは少し違う。恋人でもない。でも、好きになれたらいいな、と思っている相手。  どうして未来に仲のいい男性がいると、翔は気になるのだろう。  期待してはいけない。そう思っているのに、心が動いてしまうのは止められない。 「…………ずるいなぁ、翔くん」 『うーん。まあ、翔もいろいろ考えてるんだと思うよ?』 「さすが、幼馴染」  愛梨と翔は幼稚園の頃からの付き合いで、いわゆる幼馴染だ。互いに恋愛感情を抱いたことはないらしいが、気の置けない関係であることは未来も知っている。  未来が翔と付き合っていたとき、二人の仲の良さを見て、何度も不安になったものだ。  幼馴染ならではの距離感。隠し事のない翔と愛梨の関係が羨ましかった。  親友に対して嫉妬心を抱いてしまう自分が嫌で、それでも翔の特別になりたいという気持ちが抑えられなかった。彼女になれただけでも特別だったはずなのに。  彼女という立場だけでは不安だった。  未来にとって翔が唯一の人だったように、翔にとって唯一無二の存在になりたかったのだ。  考え事をしているうちに、愛梨は話を進めていく。  結局断ることはできないまま、約束を取り付けられてしまった。  今週の金曜日、夜六時。カレンダーを確認すると、約束の日まであと三日しかなかった。六人もいるのに、ずいぶん近い日程で予定が合ったものだと感心してしまう。  でもそのせいで、気持ちの準備をする期間もたったの三日しかない。  愛梨との電話を切った後、しばらくカレンダーを眺めていた未来は、約束の日にピンクのペンで丸をつけた。  
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