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起
叶えたい夢がある。
だからお金が足りなくても、食いっ逸れても、どんなに現実が厳しくても。
今はまだ帰郷できない。
専門校時代は成績優秀だった私も、養成所に所属してからは空振りが続く。
確かにキャストオーディションは紹介してくれるけど、いただけるのは脇役ばかり。
だからお給料も雀の涙。
今は飲食店のバイト代頼りに、毎月の支払いを乗り越えている。
賄いがいただけるのも、大変ありがたいポイントだ。
だが今夜のように、バイトがお休みの日は困る。
外食なんてできないから、偶に自炊もするけれど。
私自身余り食に拘りがないこともあり、疲れが勝れば抜くのも屡々だ。
今日は朝から何も食べていない。
腹の虫は大きく鳴って、長らく空っぽであることを訴えているが。
食事が喉を通らないのだ。病気ではない、精神的にだろう。
また不合格だった。
アニメが大好きで声優に憧れ、ちゃんとした会社に就職してほしいと願う親の反対を押し切ってまで上京した。
だから親の協力は得られない。
思い切って飛び込んだこの業界は、もう新人溢れ状態だ。
声なんて二の次、顔も可愛くて当たり前。
そのせいなのかガヤと鳴き声と、ひと言脇役の仕事しかしていない。
いつまでも有名になれないし、誰も私の声に気づいてくれない。
池袋は百貨店もある東口を出ると、地上大通りを東池袋方面に歩いた。
私はこの街が好きだ。
様々な完成度の高いコスプレをする女子たちや、ぬい活をする乙女たち。
改装した本店やK-BOOKSに、サンシャイン六十、コンセプト喫茶。
夕日が反射して、街全体が茜色に染まる。
貴腐人が街を闊歩する、夢女子はアンソロ本を小脇に抱えて嬉しそう。
私もこの街の茜に溶け込んだ。ここにいれば、私は元気になれるのだ。
それから新しいオーディションにエントリー、夕飯は沢山食べたいな。
だが今日はひと味違った、突然の雨が降り出したのだ。
屋根もない道のど真ん中で、ポツリポツリと大粒の雨が頭頂部に当たる。
ひと雨きそうな黒い雲が頭上に広がっていて、折角の夕焼けもそんなのなかったように姿を消す。
数分で土砂降りになった。
先ほどまで悠長に歓談していた通行人たちは、既にどこか建物内に引っ込んでしまったようでもう誰もいない。
広い歩道の中心で、私は一人きりだった。
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