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ちゃぶ台を挟んで言い合う二人の声を聞きながら夕飯の献立を考え直す。きっと早坂も夕飯食べていくだろうから。
「ねぇ、圭? よりにもよっておれと電話してる最中に、伊万里にキスしようとするなんて、随分と大胆になったよねぇ」
「うるせぇ。だいたいなんで電話してたやつがここに現れるんだよ。不法侵入か、早坂」
「電話しながら向かってたんだよ、こっちに。それに玄関開いてたぞ。圭、無用心。大事な伊万里に何かあったらどうしてくれんだよ」
「……ぅぐ」
どうあっても圭は口では早坂に勝てないらしく、黙り込んだ。でも玄関はちゃんと閉めてほしいね。膝を抱えて座る圭をにやにやと楽しそうに笑いながら見ていた早坂が、くるっとこっちを向いた。
「ね、伊万里」
「なに、早坂」
「花見しようよ」
突然の提案に、僕は首をかしげる。早坂はリビングを出ると、ガサガサと大きなビニール袋を持ってきた。
「おれと圭で買い物行って来るから、飾り付けよろしく!」
「飾り付け……」
圭の意見など全く無視で、早坂は圭に上着を取りに行かせ、圭を引っ張って「行ってくるね」とひらりと手を振り出ていった。
「花見とは」
僕はひとり、首をかしげつつも様々な桜モチーフの飾りをリビングに装飾していった。何を考えてるんだか、でもきっと楽しいだろうなと思いながら。
しばらくしてリビングはすっかり桜色に染まった。たぶん肉ばっかり買ってくるだろうなぁと思って、キャベツとにんじんとカニカマの温野菜サラダと、豆腐とわかめの味噌汁を作り終えたところで、圭と早坂が帰ってきた。
「ただいまー、伊万里!」
「おかえり、圭。あれ、早坂は」
両手にビニール袋をいくつも持っている圭。透けて見えるのは屋台の食べ物のようだ。
「たくさん買ってきたね」
遅れて早坂がリビングに入ってきて倒れた。息をきらせて、汗までかいてる。
「バス待つの嫌だからって、走るんだもん……圭のばか」
「だって腹減ったし」
けろっとした顔の圭は、疲れなんて全く見えない。僕はコップに麦茶を入れてやると早坂に渡した。圭にも同じように渡す。そうじゃないと圭が拗ねるから。
あっという間に飲み干した早坂が生き返った顔をする。それから三人で買ってきたものを広げ、花見? が始まった。
「伊万里、飾り全部使ったの?」
「うん、気付いたら使いきってた」
串焼きにかぶりついていた圭が「満開だな!」と花見らしい事を言った。ちなみにいつものちゃぶ台もピンク色のテーブルクロスがかけられていて、カーテンレールからは垂れ桜のように満開の桜が垂れ下がる。床には桜の木のオブジェが。ちゃぶ台しかなかった部屋の中が桜まみれだ。
「あ、そうそう伊万里。デザート買ってきたんだよ、コンビニだけど。圭のせいですっかり忘れてた」
焼きそばを完食した早坂がリビングを出て、玄関からビニール袋を持ってきた。圭が「なんの事だよ?」と早坂を睨む。
入っていたのはプラスチックのカップに入ったパフェだ。三人分。桜色のクリームと桜の花びらの形のチョコレート、スポンジケーキとクリームがサンドされてる。春らしいデザートだ。
「いいね、春らしくて。コーヒーいれる」
「さんきゅ。伊万里ちゃんと食べたか?」
「食べたよ、ご馳走さま」
三人分のコーヒーを持ってくると、どこから出したのか、くしゃくしゃになっているクリアファイルを早坂が丁寧に伸ばしていた。クリアファイルってそんな風になるんだ。
早坂が来た時に、圭の馬鹿力で握り潰されたクリアファイルだった。
「スイーツ三つ買うと、ファイルくれるっていうキャンペーンだったんだー」
完全に元に戻るはずはなく、桜吹雪が描かれたクリアファイルはしわくちゃ。それを見て圭が嫌そうな顔をしている。それがわかっていて早坂は圭で遊ぼうとしている。
伸ばしたクリアファイルを圭の顔に翳すように持ち、早坂は満足そうに笑顔で言った。
「ほら、圭。もっかいキスして」
「するか!!」
今度こそクリアファイルは、ゴミになった。
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