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病院に到着し、受付をすませた唯香は病室に向かう。大部屋の外に貼られた表には、手前の左側に彼の名前が書かれていた。
ベッドを囲うカーテンが閉められ、唯香はその場に立ち尽くす。でも意を決してカーテンの中に入って行った。
ベッドに横たわる祥太郎は、唯香に背を向けて寝ていた。半年ぶりに見る彼の背中は、どこかやつれたように見えた。
触れたい気持ちをグッと抑える。寝ているのなら仕方ない。荷物を置いて帰ろうーーそう思った時だった。
「……とんでもないザマだろ?」
祥太郎の声がしたのだ。唯香が来ることを志帆から伝えられていたのだろうか。唯香は驚いて硬直してしまう。
「唯香に捨てられた途端これだよ。いい大人がクソみたいな生活してる」
背中からは表情が読み取れないが、声は冷静だった。
「別に捨てたわけじゃないわ……あなたの気持ちが知りたかったのに、あなたははぐらかしてばかりで、ちゃんと私と向き合ってくれなかったじゃない」
大部屋だから、なるべく声のトーンを落とす。
「好きって言うのも、そばにいたいって言うのも私だけ。あなたは何も言ってくれない。だから不安だったの。好きなのは私だけなんじゃないかって」
彼と付き合った期間の思い出が、まるで走馬灯のように思い出されていく。
「もう子どもじゃないの。私だって大人よ。好きな気持ちだけじゃ不安になる。私はただ……あなたの正直な気持ちが知りたかっただけなの」
あの別れ話の時、ここまで話せていたら何か変わっていただろうかーー唯香は深呼吸をしてから、ドアの方へ踵を返す。
「お酒はやめて、ちゃんとご飯を食べてね。もっと自分を大切にして」
それだけ言い残すと、唯香は病室の外に出た。
なんだか心がスッキリしていた。言えなかったことを伝えられたからかもしれない。
もうこれで本当に終わり。いつまでも彼に縛られていないで、そろそろ次の一歩を踏み出そう。
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