第24話 喧嘩

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第24話 喧嘩

 その日の夕方、可夢偉がまた『ごはん屋もみじ』にやって来た。  顔が憔悴している。もしや、会社でも大層に叱られたのかな。私のせいで…。穂波はそれにもショックを受けた。 「あ、あの、上月さん、先生はあんな風でしたけど、私はそうは思っていなくて、自分の責任なので上月さんは落ち込まないで下さいね。善意でやって頂いた話だから」 「いや、そうはゆきませんよ。先生の仰った通りで、私は薬のプロである筈なのに、ちゃんとした手順を踏まずに試して頂いたのは、やはり過失なんです。普段から苦労されている穂波さんに、尚更つらい思いをさせてしまい、申し訳ない以外の言葉が見つかりません。それで、あの、これ治療薬なんです。処方箋は不要なのですが、今回のことがありますから、一旦少しだけ塗って試して頂いて、大丈夫そうだったら使ってみて下さい。炎症を抑える成分と保湿成分を含んでいます。ステロイドは入っていません。他に何かご入用なものがありましたら、私にお申し付け下さい。本当にすみませんでした」  可夢偉はまた深々と頭を下げた。するとその前に理人が飛び出して来た。 「おい! どうしてくれるんだよ。穂波さん可哀想だろ! お客さんも怖がったりするんだよ。何も悪いことしてないのになんでそんな目に遭うんだよ」  可夢偉は驚いて小学生を見た。 「え? キミは?」 「あの、こちらのママさんの息子さんで理人君なんです。理人君、いいのよ、もう」 「だって、穂波さん、泣いてるでしょ? 顔が痛いだけじゃなくって怖がられるの悔しいし、悲しいでしょ?」 「うん、でも大丈夫だから。上月さんはちゃんとしてくれてるから」  理人はまた可夢偉を睨みつける。 「何がちゃんとだよ! 自分とこの薬を渡してるだけじゃんか! いい医者を紹介するとか、もう日焼けしても大丈夫なように治すとかあるだろ!」  可夢偉はしゃがんで理人と向かい合った。 「いや、その通りなんだけど、いろいろ出来ない事もあってね、やっぱ会社の都合とか」  バシッ! 「いてっ!」 「理人君!やめて!! 上月さん、ご、ごめんなさい!」  理人が可夢偉の頬をひっぱたいたのだ。可夢偉は頬を擦りながら穂波を見上げた。 「穂波さんのボディガードはなかなかの男前ですね。頼もしいわ。出来ることはするから、男の約束だ。な、理人君」  カウンターから香雪も出て来た。 「申し訳ありません。こら理人! 何してんの、あんたは!」 「いや、全然大丈夫ですよ、穂波さんの痛みに較べたら蚊に刺されたようなもので」  理人は母に押さえつけられながら暴れる。 「なにをぉー! じゃあ蜂に刺されたくらいにしてやる!」  穂波も二人の間に割って入った。 「すみません。今日はもうこれ位で」 「そうですね。引き取ります。じゃ本当に何かあったらお知らせ下さい。ケータイ、いつでも出ますから」  可夢偉はペコペコしながら、出て行った。理人はまだ憤然とした面持ちだ。穂波はその前にしゃがんだ。 「理人君、気持ちは嬉しいけど暴力はだめよ」  理人が少し項垂れた時、その頭が後からペチッと叩かれた。 「いて、何すんだよ、姉ちゃん!」  今度は夏帆が仁王立ちだ。 「あんた、何様? 騎士(ナイト)気取り? いい加減にしな!」 「うっせいな、大人しくしてる方がおかしいんだよ!」  あっという間に理人が夏帆に突っかかった。二人は転がって髪を引っ張り合う。 「痛いな、この!」 「叩いたのは姉ちゃんだろ!」 「叩かれることしたのは理人でしょ!」 「あれくらい当たり前だ!」  ゴトッ! ガターン!! 「こぉら!二人とも! 店で暴れるんじゃないの!」  香雪に引き離された姉弟は息を荒げ、二人とも涙目だ。 「サイッテー! 理人も穂波さんも!」  夏帆が2階に続く扉の中に駈け込んで行った。残った理人は歯ぎしりしている。  穂波は何も言えず立ち尽くした。
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