薄味

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薄味

 見事なまでの晴天に見舞われて、青葉小学校の運動会は、例年通りの盛り上がりを見せていた。  「続いては、玉入れです」  担当である僕は、長いカゴを持ち、校庭の真ん中にまで進んだ。赤色。赤城団のカゴだ。  「それでは、スタート」  僕の頭上高く伸びるカゴに、赤色の玉が次々に入れられていく。綺麗な放物線を描いたり、たまに外れて僕の前に落ちてきたりする。ぼうっと眺めながら、微笑ましく子供達を見守る。    すると、端の方にいた男の子が、ポケットを不自然にまさぐっているのが見えた。不思議に思っていると、その子は、ポケットから丸い何かを取り出して、カゴに向かって放り投げた。  「そこまででーす」  玉がぴたりと止む。カゴをゆっくりと傾けて、赤い玉を、いーち、にー、さーん。隣の黄色の玉も、その隣の緑の玉も、同じように放られる。  「じゅうさーん」  緑が脱落した。残るは、黄色と赤。じゅうよん、じゅうご、じゅうろく。  「じゅうななー」  最後の赤い玉、そして黄色も最後の玉だったようで、お互いに大きく放り投げた。同点で玉入れは終了、そう思いかけた瞬間、カゴの隅に丸いものが見えた。目を凝らしてみる。すると。  それは、お赤飯のおにぎりだった。さっきの男の子。おにぎり。同点。頭の中でいくつもの要素が巡り巡って、僕は、咄嗟の行動に出た。  「じゅうはーち!」  赤の勝利のために、僕はそのお赤飯おにぎりを、玉かのように、堂々と放り投げた。まわりは誰も気付いていない。僕の判断によって、見事な赤の逆転劇が、披露された。落下してくるお赤飯おにぎりを、こっそりとキャッチし、僕はポケットにねじ込んだ。  玉入れが終わり、カゴを片づけ、僕はさっきの男の子の元に駆け寄った。ポケットからお赤飯おにぎりを取り出して、聞いてみる。  「これ、入れたでしょ?」    僕がそう聞くと、男の子は、きまり悪そうに指をいじくっていた。別に怒るとかじゃないよ。そう言ってあげると、男の子の指は止まって、小さな顔がこちらを向いた。  「入れた。消したかったから」  「どういう意味?」  「ボク、お赤飯嫌いなんだ。でも、残すとお母さんに怒られる。だから、玉にしちゃった」  すんなりと、赤飯おにぎりの謎は解けた。男の子は、少しだけ誇らしそうだ。  「そういうことなのか。でも、ボクのおかげで玉入れ勝ったじゃん。勝利の切り札だよ」  「お赤飯は、勝利の切り札?」  「そうだ。そういうことにすれば、捨てたことにはならないだろ?」  「そうだね。そうするよ」  男の子はそう言うと、背中を向けて走り出して行った。僕はそれを見送りながら、右手のお赤飯おにぎりを、勢いよく頬張った。乾き切っていて、味も薄い。どう考えても、味だけは、今までで最下位のお赤飯だった。
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