本物の愛には勝てなくて

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「悪いけどお前とは別れる。俺は本物の愛に気づいたんだ」  彼くんはそう言って、そばにいた女子の肩を抱く。  女子はそのまま彼くんにしなだれかかる。  私は「えっ」と固まってしまった。  目の前が真っ暗になった。  教室内のざわめきが一瞬静まり、すぐにもっと大きく沸き上がった。  言うまでもなく、私と彼くんのやり取りが原因。  この後、授業があったはずだけど、帰宅して自室に戻るまでの記憶が残ってない。  机の上に一冊ノートを置いて、私は椅子に座ったまま、ぼうっとしていた。  なんの飾り気もないノート。  以前、私は彼くんと両思いになりたくて、おまじないをした。  最初のページから最後のページまでびっしり彼くんの名前を書き連ねたのだ。  おかげで望みは叶った。  彼くんと付き合えて楽しかった。  だけど。  おまじないは本物の愛に勝てなかったんだ。  彼くんのどこに、私はひかれたんだろう。  彼くんといて、何が楽しかったんだろう。  思い出せない。  失恋したら、彼氏の良さを忘れるという話は知ってる。  比喩じゃなかったのか。  このノートは不要になった。  私は消しゴムをつまんで、彼くんの名前を消しにかかった。  書くのは相当時間かかったけど、消すのは早いな。  今なら当時の自分を客観的に見られる。  とても正気の沙汰じゃない。むしろ狂気だ。  消し終わってまっさらになっても、なんか怨念みたいなのが残っていそう。  勉強用とか人に贈呈とかリサイクル的なことはしない方が良さそう。  お清めの意味で塩をかけて処分した方が良いかも。  明日からどんな顔して登校すればいいんだろう。  彼くん、いや元彼と新しい彼女さん、それに事情を知ってる級友たちと、まだまだ学校生活を過ごさなきゃならないなんて。  これを地獄と言わずして何と言おう。公開処刑とか?  不登校っていう手もある。その分、勉強が遅れるというデメリットがもれなくついてくる。  行ってもツラい、行かなくても負け犬のらく印を押される。  なら、登校しよう。  泣きすぎて目が腫れてる。  消しすぎで手も痛い。  ひどい状態だ。  ほんの二、三日だけど、級友たちは私を見てひそひそ話をしていた。  あるいはあからさまに原因を詮索してくる輩もいた。こんな友だちはいらない。  数日後。 「前から好きでした。僕と付き合ってください」  突然、告白された。  相手は級友の一人だった。  私といたら悪目立ちするじゃない。  それを承知で言うってことは、本気?  男子がおまじないをするって聞いたことがない。  おまじないって、ものすごく根気と労力を要するからね。  経験者の私が言うんだ、間違いない。  その後の学校生活が楽しくなったのは新しいカレくんのおかげだ。  元彼が行く手をふさいできた。 「お前、きれいになったんじゃね?あの時、俺はお前の愛が本物かどうかを試したんだ。なんならヨリを戻してやっても──」  ドヤ顔で言うが。 「あっ、カレくん」 「行こうか、彼女さん」  私とカレくんは、元彼の横をすり抜けるのだった。
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