この距離は埋まらない

1/4
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「お願いだから、このことは絶対に秘密ね?」 「そりゃ言わないけどさあ」  大人しい律の必死な懇願に、露美は困った顔で頷いた。 ****  律にとって、烈は隣に住む格好いいお兄さんだった。  隣には烈と瑠希という兄弟が住んでいて、彼女にとってふたりは幼馴染だった。  律と烈の弟が同い年であり、親同士も仲がよかったため、なにかあったらよく隣の家に預けられていたのだ。  烈の弟である瑠希はよく言ってしまえば年相応にわんぱくで、悪く言ってしまえばガキだったがために、ゲームをしたら手加減なしに律をボコボコにして泣かせるし、運動神経が特にない律をほったらかしにして公園のアスレチックに夢中になるのだから、ふたりの相性ははっきり言って最悪だった。  一方、それを見かねた烈は「こら瑠希。律ちゃん泣いてるからもっと優しくしなさい」と言ってから、しょっちゅう慰めてくれていた。 「ごめんな、瑠希が勝手で」 「……ううん。るきちゃんいじわるだからきらい。れつくんはやさしいからすき」 「それ、瑠希には言ってやるなよ」  律と瑠希が小学校に上がった頃には、既に烈は中学校の制服に袖を通していた。  律は学ラン姿の烈に、ドキドキした顔をしていた。 「烈くんかっこいいねえ」 「ありがとう」  進学しても大して関係は変わらず、律の片思いは膨らむばかりであった。  なんだかんだ言ってしょっちゅう瑠希と一緒にいるせいで、ませた女友達からはしょっちゅう「瑠希くんと付き合ってるの?」と聞かれたが、それにはふたり揃って「ありえないから」と言った。  瑠希は「ないない。あの泣き虫とはありえない」と言うものだから、またしても裏で律は抗議をし、瑠希は「ほら、また泣く」と面倒臭そうにしていた。それを学校帰りの烈は「また瑠希、律ちゃん泣かせたのか」と呆れて律を慰めに行っていた。  律が泣いていたら、烈が慰めに来てくれる。それに少し優越感を覚えていたところで。  失恋は唐突にやってきた。  律と瑠希は今なお小学生だったが、烈は高校に進学したのである。中学時代の学ランも様になっていた烈だが、地元高校はちょうど制服を替えたばかりで、真新しいデザインのブレザー姿の烈は、いよいよ誰もが放っておかないだろうと、律は見た瞬間に顔を赤らめていた。 「烈くん格好よくなったねえ」 「そうか? 兄貴全然中身変わってねえけど」  しょっちゅう泣かされ泣かす関係だった律と瑠希だったが、小学校高学年ともなれば、そこそこ仲のいい友達で治まっていた。  その頃には耳年増の子たちも、律には他に好きな人がいると知っているため、ふたりの関係についてどうこう言う人間はいなかった。むしろ律が瑠希の恋愛関係をアドバイスするような関係に落ち着きつつあった。  その日は調理実習でカップケーキをつくり、「家族に持って帰りましょう」と先生に言われて、ラッピングまでしていた。律の家は、律以外は甘いものが得意ではなく、自然とこれを烈に持っていってあげようと思い立った。  その日は瑠希は「ちょっとお菓子渡してくる」と好きな子に渡しに行くので、「上手く行くといいね」と励ましてから、律はひとりで烈の家を訪ねに出かけた。  だが。 「あれ、律ちゃん」 「可愛い。妹さん?」  烈は同じブレザーを着た女の子と一緒に帰ってきたのである。  女の律から見ても可愛らしい子で、ふたりで仲良く手を繋いで帰ってきたふたりを見て、律は「な、なんでもない……!」と逃げ出した。  律にとって、烈は優しい大人びた男の子であり、その優しさは律への専売特許だったが。そうじゃないと初めて思い知ったのだ。  カップケーキは結局烈に渡ることはなく、律は泣きながらラッピングをむしり取ってひとりで食べ尽くしてしまった。律は初めての失恋で、布団に丸まって泣きながら寝こけてしまったのである。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!