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 卒業を間近に控えたあの日もわたくしとレーンは、やっぱりカフェテリアで食事をしていた。わたくしたちの思い出って、基本的にカフェテリアなのよね。まったく安上がりなふたりだわ。 『レーンが個室の利用をお願いしてくるなんて珍しいわね。わたくしが一緒ならいつでも利用できるけれど、今までは専用エリアじゃないほうがいいと言っていたでしょう』 『まあね。食事は気楽に食べるのが一番だからさ。いくら豪華な個室でも周りからいろいろ言われたら、せっかくの料理がまずくなるだろ』 『ふふふ、あなたらしいわ。それなら今日はどうして、ここの利用を希望したのかしら』  わたくしの問いに、レーンの目が真剣みを帯びた。いつもの軽さが鳴りを潜め、剣術の模擬試合のようなぴりぴりとした気配が個室内に満ちる。 『アンバー。卒業したらどうするつもりだ?』 『わたくしはふたり姉妹の長女。実家にそのまま戻って、家を継ぐわ。残念ながら当主の座にしがみつく父がいるから代替わりはまだまだ先になりそうだけれど、今のうちに商会の力を伸ばしておくわ』 『すごいな』 『商会の経営がうまくいったのはあなたのおかげじゃない』  ポーションと携帯用食料に甘味風の味わいをつけたものは、爆発的に売り上げを伸ばした。けれどこのアイディアが生まれたのは、レーンと昼食時間を共にしたおかげ。わたくしひとりなら、携帯用の食料の美味しさや味の違いなんて気にも留めなかったでしょう。  それに食事を楽しめないようでは、人脈を広げたり交流を深めたりすることも難しい。レーンと過ごしたおかげで、普通に食事ができるようになったことは本当に感謝してもしきれないわ。いろんなレストランに顔を出すようになっても、一番美味しく感じるのはレーンと一緒にする食事なのだけれど。 『そうか。……それじゃあアンバー。そのアイディアのお礼ってことで、俺を君のもとで雇ってくれる気はない?』 『あら、我が家で働きたいの? でも、あなた、王宮騎士の試験を受ける予定だったでしょう? 我が家で働くなら、仕事は選べないわよ』 『わかっている』 『どうしてもうちで働きたいの? 理由を聞いても?』 『言えない』 『なぜ?』 『嫌われたくないから』 『あら、あなたにしては下手くそな言い訳ね。いいわ、わたくしの提案を飲んでくれるなら我が家で雇いましょう』 『本当か! それで条件とは?』 『まずは王宮騎士の試験に合格してくださいな。それができたら、わたくしの夫として雇いますわ』 『は?』  わたくしはできるだけ可愛く見えるように意識しながら、片目をつぶってみせた。
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