猪俣村

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★  ここ猪俣村は岩壁に囲まれた小さな盆地にあり、その中心を美しい清流が流れている。川のせせらぎ、鳥のさえずり、そして木々のざわめきがこの村の音色を形成していた。山菜や川魚など、山の幸に恵まれ、猟師が鹿や猪を捕らえると、村人全員でその恩恵を堪能する。  日々の生活の中で、村人たちは互いに支え合い、笑顔と喜びを分かち合っている。萌香はいつしかこの村を訪れ、自然と溶け込んで村の一員となっていた。  萌香は佐枝子の家に居候している。佐枝子の家は平屋でありながら一家族が住むにはじゅうぶんな広さで、さまざまな備蓄もあり生活感が漂っていた。そこに佐枝子がひとりで暮らしているのは少し違和感があったが、そのおかげで萌香も快適な生活を送ることができた。 「だけど怠け者に食べさせるご飯はないよ。働かざる者食うべからずって言うからね」  佐枝子は萌香に厳しく言い聞かせたが、どうやら手伝いが必要だったようだ。女性たちは家事を一手に引き受けていたが、全村人の洗濯や料理となると大変な労働だ。しかし、村を支える手助けができることは、萌香にとって生きがいとなっていた。 ★  冬が近づき、空気が澄んだ夜。庭に大きなテーブルが用意され、村の皆で夕食を楽しむ。山の幸を味わいながら、とりとめのない話に花を咲かせていた。  作務衣の裾を引っ張られ、足元を見ると、あやとりを手にしたむめが期待に満ちた眼差しで萌香を見上げていた。 「もえか姉ちゃん、四段梯子のやり方、教えてよ!」  むめは幼稚園生くらいの女の子で、あやとりに感動して以来、教えを請うようになった。萌香は練習に付き合ってはいるが、むめは手つきがたどたどしく、いつも絡ませてしまう。それでもめげずに頑張るむめは偉いと思う。むめを抱き上げて膝の上に乗せる。 「いい? 四段梯子は難しいけど、指のかける場所をひとつずらすだけで――ほら、二段梯子になるんだよ。まずは二段で練習してみようよ」 「でも、むめは四段がいいの! よんだーん!」  ぷくっと頬を膨らませたむめは可愛らしく、萌香も自然と笑みがこぼれる。しばらく練習して納得したのか、むめは膝から飛び降りて兄の銀次のもとへ駆け寄った。銀次は左手で抱えていた将棋盤を持ち替えて空いた手を差し出す。  手を取り合って跳ねるように帰るふたりを見送りながら、萌香はその仲睦まじさを少し羨ましく思う。
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