2:人間って面倒くせぇ!

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2:人間って面倒くせぇ!

「わふっ!わふっ!」 「うおっ!」  依頼者である金持ちの屋敷から出た後、マックス・フォンなんとか……いや、もういい。〝くつした〟を連れて、俺は家に帰っていた。 「わふっ!はふっ!!ぐっぐっ!」 「っくそ、なんだこの力!本当に子供かよっ」  仔狼の癖に、力だけはやたらと強い。俺は、半ばくつしたに引きずられるような形で道を歩きながら、前のめりになる体を勢いよく踏ん張った。 「くつした!」 「っ!」 「待て!」  ただ、どうやら〝くつした〟という音を自分の事だと理解しているのだろう。俺がそう呼んだ瞬間、ピタリとその体を止めてクルリとこちらを振り返った。直後、バチリと目が合う。 「くつした」 「……はふ」  犬の躾はアイコンタクトから始まる。  まぁ、厳密にいえば相手は犬ではなく狼なのだが、その辺はどうだっていい。同じ個体種ではなくとも、血筋が同じであれば習性や特性は変わらない。 --------うちの子が言う事を聞かないんです。  そう言って俺に相談に来る飼い主は、どこかで犬を人間の子供と同じ物差しで測ろうとしていた。だからこそ「言う事を聞かない」なんていう言い方が口から出てくる。  ペットは家族だ。使い魔は仲間だ。それはもちろんだ。否定はしない。 「……でも、人間じゃない」  俺はその場に腰を落とすと、キョトンとした顔でこちらを見つめてくる真っ黒な瞳と目線を合わせて、ニコリと微笑んだ。 「くつした、良い子だ」  俺は腰に付けたポーチから片手で干し肉の欠片を出すと、ひょいと空中に向かって投げた。 「わふっ!」  その瞬間、くつしたが目を輝かせて干し肉に向かって飛び跳ねる。凄い跳躍だ。跳ねた拍子に見えたのは、美しい茶色と黒の被毛に覆われた体の中で、唯一真っ白に彩られた後ろ足。まるで、白い靴下を穿いているようなその風貌に、思わず目を細めてしまう。 「ほんとに似てるな。くつしたに」  くつした。  それは、俺がこの【ソードクエスト】の世界に来る前に、最後に飼っていた犬の名前だった。 ◇◆◇  きっと俺の前世は犬だったんだ。  本気でそんな事を思っている子供だった。 『アイツって全然笑わねぇよな』 『同じ班に居てもつまんねぇし』 『早く席替えしてぇ』  俺だってお前らと居てもつまんねぇよ。  そう、喉まで出かかった言葉を俺は何度も呑み込んできた。だって、言葉を発したら相手が次の言葉を発してくる。そうやって面白くもない言葉のラリーを繰り返すくらいなら、黙っていた方がマシだ。  そして、いつの間にか〝無口でつまんないヤツ〟と裏で言われるようになった。 『あーぁ、学校行きたくねーなー』  ともかく何もかもがつまらない。小学校の頃から、俺は何かと学校をサボりがちな子供だった。  ただ、そんな俺にも大好きなモノがあった。 『ただいまー!』 『わふっ!』  俺は幼い頃から、ともかく犬が大好きだった。  父が犬好きで、実家には常に複数の犬が居た。俺にとって、犬が居る生活は日常であり、学校から帰ってくる度に全身全霊で出迎えてくれる彼らの存在は、疲弊した俺の心を、これでもかというほど癒してくれた。 『みんな、あったかいなー』  首に抱き着いた時に感じるフワフワした毛並みも、温かさも大好きだ。こちらを見て笑っているような顔をしてくる。そして、俺まで笑えてくる。 『わふっ』 『あはは!なんだ、その顔!』  こちらをジッと見つめ、首を傾げてくる様子はなんとも言えない愛に満ちていた。 --------アイツって全然笑わねぇよな。  そんな事はない。俺は犬と一緒に居るときは、凄く笑う子供だったと自負している。自分で言うのもなんだが、表情だってけっこう豊な方だ。 『よし!散歩いこ!』 『わふっ!』  人間の考えている事はちっとも分からなかったけど、不思議と犬の気持ちならなんとなく分かった。だから、俺はずっと思っていた。 『俺、前世はきっと犬だったんだよ』 『わふっ』 『多分、お前らとも友達だったんだ』 『わふっ』 『なんで、俺だけ人間になったんだろうなぁ。みんなだけ犬なんてズリィよ』 『わふっ!』  散歩中でも、ちょこちょこと俺の事を見てくる犬達に、俺は何度も慰められ、何度も物足りなさを感じた。あぁ、来世こそは絶対犬がいい。  でも、そんな事ばかりも言ってはいられない。 『進路希望調査か……』  ひとまず今世は人間に生まれてしまったのだから、人間としてどうにかストレスの少ない生き方を目指さなければ。なにせ、人間というのは犬の数倍、寿命が長いのだから。  だから俺がこう思うのも必然だった。 『将来は犬に関係する仕事がしたいなぁ』  犬が好き。学校が嫌い。勉強が嫌い。  この三つが合致した事により、中学生だった俺は図書館で本を読み漁り、一つの答えにたどり着いた。 『犬の訓練士か。いいな!俺、コレになる!』  警察犬訓練士。  こうして、俺は行きたい警察犬訓練所に連絡を入れ、高校卒業と同時に入所した。  住み込みでの修行は厳しいモノもあったが、金がなくても実践的な経験と資格が手に入るソコは、俺にとっては願ってもない場所で、気付けば十年以上の時があっという間に経過していた。そして――。 『俺も三十だし、そろそろいいかな』  三十路を目前にし、俺はやっと独立を果たした。  突然の退所に、周囲からはやたらと『結婚でもするのか?』と質問責めにあったが、んなワケあるかいと一蹴した。  この俺が結婚?そんなの絶対に無理だ。あり得ない。なにせ、生まれてこのかた一度も誰かと付き合った経験がないのだから。 『人間と一緒に住むなんて、どんな罰ゲームだよ』  こんな俺の性質だ。四六時中犬と一緒に過ごせるという点においては、既に俺の夢は叶っていた。だからそのまま訓練所に居ても良かったのだが、俺の中にジワリと芽生えた希望があった。 『俺も、自分の犬が欲しい』
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