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「結愛、どーした? ぼうっとして」
心配そうに覗き込む蒼汰の瞳に、魂の抜けたような自分の顔が映っていて、はっとした。
「あのね、蒼汰。落ち着いて聞いて。今ね……」
今、蒼汰は思い出していたんだよ?
興奮しながら口を開いて、そう言おうとして、蒼汰に目をやって……。私は動けなくなってしまった。
蒼汰が私を見ている。今ここにいる私だけに向かって、愛情を注いでくれている。
「ん、どうした? 何があった」
その透き通った瞳には、今の私しか映っていない。
「……あの、あのね」
言いながら、また言葉につまってしまった。
昔の蒼汰を忘れたわけじゃなかった。けれど、同じくらい大切なことに気をとられていたのだ。
過去も今も全部ひっくるめて未来に向かっていく蒼汰。その蒼汰が、目の前にいる。
「本当に久しぶりに、私のところに帰ってきてくれたんだなあって思って、びっくりしてたの。やっと戻ってきてくれたんだなって。それで、でも……」
そのあとは言葉にならなかった。
「あっ、また……。あんまり泣くと、たぬきになるから」
微笑みながら蒼汰は、「しょうがないやつ」そう言って私の濡れた頬にそっと指をのせた。
蒼汰が今、目の前にいて手を伸ばして触れてくれる。私はそれだけで、もう何もいらないんだってわかっていた。(了)
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