【13】おかえり

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 ふとんの中で額を引っつけ合いながら、お互いにあった色々な出来事について話した。  蒼汰は、ふとした拍子に大人っぽい表情をして見せるので、その度にどきりとした。無意識みたいだった。英語でしりとりをしても、イタリア語でしても、私の方がすぐに負けてしまう。 「久しぶりに東京タワーが見たいな。飛行機から見えるかもって期待したんだけど、爆睡しちゃってさ」 「いいね。どこから見ようか」  昔よく蒼汰と撮影しに行ったな、と懐かしく思い返していたそのとき。蒼汰がアルミケースから望遠レンズを取り出しながら、嬉しそうにこう言ったのだ。 「きょうは風も強くないし、久しぶりにまた階段で上までのぼってみるか?」  えっ、と私は引っかかりを覚えた。 「また」……?  蒼汰とは何度も東京タワーを撮影しに行ったけど、展望台にのぼったことは一度しかないのだ。  それは蒼汰が記憶を失くす前に行った、プロポーズをしてくれたときの、あの一度っきりなのに。どうして。 「蒼汰?」  自分の言ったことなんか忘れたみたいに彼はカメラのダイヤルを調整したり、データカードをチェックしたりしている。何か意図があって発した言葉ではなさそうだった。  私はぐるぐると思い巡らせている。  蒼汰が「階段で」と言ったことも気になっていた。確かに二人でのぼったときには階段を使った。あれを指して「また」と言ったのだろうか? だったら私との記憶が戻っていることになる。  写真で見て知ったのかとも思ったが、外階段で撮った写真はすべて私の手元にあった。高い場所があまり得意じゃない彼は、お願いしたらすぐにくれたから。  それに展望台にのぼったあとは一枚も撮影しなかったのだ。彼にしては珍しくカメラを触りもしなかったので今でも覚えている。夕日が沈むところを私に見せたいと言って、二人で手を繋ぎながら彼はただ私の顔と景色を交互に眺めているばかりだった。  他にもわからないことがある。蒼汰は記憶を失くす前の行動を指して「また」なんて言葉、使うだろうか? 一時は、過去の自分と私との関係にまで嫉妬していたぐらいなのに。  もしかして蒼汰は、自分でも気づかないうちに記憶を戻しつつあるのではないだろうか……。
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