キレイな月を

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キレイな月を

 当分、立ち直れそうにない。仕方がないだろう。  今夜はひと晩じゅうベッドで泣けば忘れられるかもしれない。  そんなことを妄想しながらボクはフラフラとドアノブに手を伸ばした。  しかしそのボクにアイは駆け寄ってきて背中から抱きついた。 「なによ。ケント。漱石じゃァあるまいし。『月がキレイだ』なんて、古臭い告白しちゃって」 「え、ああァ、ゴメンよ」  知っていたのか。アイも。 「ねえェ、絶対に秘密よ」  美少女がボクの耳元でささやいた。甘い吐息がボクの頬を撫でていく。 「はァ」 「実は私ねえェ。幽霊なの」 「えェ……?」なんだって。 「フフッどう。ビックリした?」 「幽霊って、マジか」 「フフゥン、さァね、でも安心して。脚だってちゃんとあるのよ。ほらァ触ってご覧」  アイはボクの手を取って自らの脚へいざなった。ボクも遠慮がちに彼女の美脚を撫でてみた。 「あ、ああァ、そうだね」  スベスベして触り心地が最高だ。 「南原愛莉は私のお姉ちゃんなのよ。たったひとりの肉親。あの日、私を置いて天国へ旅立っちゃったわ」  少し沈んだ声で告白した。 「あ、そうなんですか」  赤い封筒を拾った日のことだろう。 「封筒に入ってたのはお姉ちゃんの写真よ」 「そうなんだ」そっくりだが、どこか違和感があった。 「ねえェ……、今夜からずっとキレイな月を見ながらデートしてくれるかしら?」 「えェ……?」 「どうなの。ケント?」 「ああァもちろんさ」  ボクはアイを初めて抱きしめた。 「もしかしたら、私はマジで幽霊かもしれないわよ」 「えェ……」 「それでも構わないかしら?」 「そうだなァ」一瞬、考えたがボクの気持ちは決まっていた。 「構わないさ。どんな月でも。アイと一緒なら一生見ていられるよ」 「フフゥン」  彼女は微笑んでまぶたを閉じた。
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