<1・Gloom>

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 ***  その日は、つばめにとって普段と何ら変わらない退屈な日であるはずだった。  学校に来て早々、鞄をしまってさっさとスマートフォンを取り出す。そして始める、アプリのパズルゲーム。ブロックを動かして色を揃えて消すという単純なものだったが、容量が少なくてスマホを圧迫しない上、隙間時間でやるにはちょうど良いので気に入っているのだった。 ――困ったな。なんとか緑ブロックが来てくれないと、この一角消せない。滅茶苦茶邪魔になる……。  画面に滑らせようとした指が、思わぬところをタッチしてしまう。そのタイミングで、肩を叩いてきた人物がいたためだ。 「!」  驚いて振り返った拍子に、つばめの長い黒髪が相手の顔面を叩いていた。いって!と声を上げる人物。やや明るい茶髪の少年が、鼻のあたりを抑えて呻いていた。 「痛い!つばめ、イッタイよ!」 「あ、ご、ごめんイヅル。びっくりしちゃって……」  慌てて謝る。一匹狼、鉄面皮、氷の女――数々の不名誉なあだ名をつけられるつばめに話しかけてくる、数少ない人物だった。  皆瀬イヅル。  中学生に間違われることもある童顔が特徴の、つばめの幼馴染である。というか、同じ賃貸マンションに住んでいる。小学生の時からなんとなく一緒に遊ぶことが多く、なんとなく高校まで同じ学校に進学し、という付き合いが続いている人物だった。  根暗な性格(自分て言っていても空しくなるが)つばめと違って、まさに陽キャという言葉が似あう少年。今日も今日とて、つばめをびっくりさせようと肩を叩いたとか、粗方そんなところだろう。 「うう、つばめの髪は地味に凶器だなー。ラプンチェルみたいだぜ」 「なんでラプンチェル?お姫様なのに?」 「知らないのかつばめ。ラプンチェルって、キングダムハーツだと髪の毛武器にして戦うんだぜ。結構かっこいいんだ!髪の毛ひっぱられまくって痛くねえのかなーって正直思ってたけどさ!」  あはははは、と彼は人気ゲームのタイトルを出して笑う。その後ろでは、彼の友人たちが遠巻きにしてこっちを見ている。友情恋愛問わず、男女ともにモテるイヅル。明るくてムードメーカーで運動神経抜群、ちょっと童顔で小柄だけれどイケメンともなればまあ納得の話だろう。  そんな彼が、どうして自分のことをこんなにも構うのか不思議だ。嫌なわけではないが――彼の友人たちや、クラスメートの反応を見れば一目瞭然だろう。一緒にいればいるほど、自分はイヅルの足を引っ張ってしまう。迷惑をかけてしまうというのに。  そう、自分みたいなつまらなくて、何の取り柄もない人間――イヅルには相応しくないというのに。 「イヅル、私と話して楽しい?……イヅルと話したい子はたくさんいるのに」  なんだかいたたまれなくなって、そんなことを言ってしまった。イヅルは目をまんまるにして、楽しいけど?と首を傾げた。 「何でそんなこと言うのさ。俺は楽しいぜ?つばめは俺と全然似てないからな」 「似てないのが楽しいの?」 「うん。だって、自分と全然違うやつは、全然違う意見をくれるだろ?俺は、自分が持ってないものを持ってる奴が好きなんだ。そういうの、つばめはわかんね?」 「それは……ちょっとわかる、かも」 「だろ?」  何が楽しいのか、彼はからからと笑っている。  確かにそうかもしれない。自分が持っていないものを持っている人間は眩しいし、魅力的だ。きっとそれは、つばめがイヅルのことを好ましく思う理由と同じなのだろう。  彼が笑っていると、つばめもなんだか嬉しくなる。例え、自分が隣にいなかったとしてもだ。 「あ、ちょっと今、笑った?」  そしてイヅルは、目をキラキラさせてこんなことを言うのだ。 「つばめ、もうちょっと笑ってた方がいいぜ!お前せっかく可愛いんだから」 「……冗談でも嬉しい、ありがと」 「冗談じゃなくて本気なのにー」  きっと彼は、つばめの気持ちなんて全然知らないし、気づいていないのだろう。でも、いいのだ。むしろそれでいい。  彼にはつばめなんかより、もっと明るくて元気な子と一緒にいる方が似合っているのだから。
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