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きっかけは悪夢だった
どすっ!
「うぐっ」
「お、俺の、俺の工場を返せっ!」
夕方の、しかも駅前の大通りということもあって人はそこそこいて、人をいきなりナイフで刺す、という凶行を目のあたりにした通行人から耳をつんざく悲鳴が上がる。
当のあたしは悲鳴ではなく呻き声をあげ、右手に持っていたスマホを取り落とした。
やっぱり歩きスマホなんかするモンじゃないな…… それさえしてなければ、男に刺されるまで気づかない、なんて間抜けなことにはならなかったのかもしれない。
あたしのお腹からは血に染まった果物ナイフの柄が生えていて、眼前には震える手でナイフを離した小柄な中年男が目を血走らせて立っている。
ああ、この人……あたしが先月税金滞納で差し押さえした町工場の社長さんだ……
あのね、あたしは別に貴方が憎くて差し押さえしたんじゃないよ?あたしはこういうお仕事で、貴方が税金滞納してたから──
そう反論しようとしたけど、あたしの口から出たのは低い呻き声だけで、やがてあたしの視界は暗くなり視点がゆっくりと下がっていく。
あたし……倒れた?
「き、救急車をっ!」
通行人の叫び声が不自然なほど遠くで聞こえる。結構致命的な怪我だと思うんだけど何故だかあまり痛みはなく、その代わりひどく寒かった──
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