9.文化祭

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 あれから二時間、悠哉は働きに働いてようやく解放された。晴れて自由の身となった悠哉と陽翔は教室を出て彰人達がいるであろう3-2へと向かった。 「うわっ、すごい行列…」  三年生の教室の前を歩いていると、どのクラスにも行列が出来ていた。その中でも一際長く、階段まで続いている列が目に入る。 「彰人達のクラス、すごい人気だな」  さすが三週間前から準備を始めていただけの事はあって3-2は大繁盛していた。教室で受付をしている女生徒らの格好も執事らしい風貌にボーイッシュな髪型で彼女らの姿で気合いの入りようがよく分かった。  「慶先輩と神童先輩いるかな」と陽翔が辺りをきょろきょろ見渡していると「慶くんもう行っちゃうの?」「きゃー!慶かっこいー!」など女子の甲高い声が耳に入った。声の方へ目をやると、見事に執事服を着こなした難波が数人の女子に囲まれ教室から出てきた。 「おい、お前あれを見過ごしていいのかよ」 「へ?何が?」  難波が女子に囲まれてチヤホヤされているというのに、その恋人である陽翔は全く気にしていない様子で「慶先輩すごい人気だね」と呑気な感想を述べている。恋人だからこその余裕なのか、はたまた難波への感情が嫉妬するまでにいたっていないからなのかは分からないが、平気な様子でいる陽翔のことを悠哉はすごいと思ってしまった。 「あー、ちょっと俺これから用事あるから、ごめんな」  すると、難波はこちらの存在に気がついたようで笑顔で女生徒たちに言葉をかけると悠哉たちの元へ歩みを寄せてきた。 「よっ、二人とも楽しんでるか?」 「はい!先輩すごい人気ですね」  陽翔が笑顔で答えると「まぁな、この格好のせいもあるだろうけど」と難波は少し疲れた様子で苦笑した。 「先輩その格好似合ってますもんね、女の子が集まってくるのも納得しちゃうぐらい」 「そ、そうか?」  陽翔に褒められ嬉しそうな難波の姿に悠哉はイラッとする。別にこの感情は嫉妬では無いのだろう、ただ単純に自分自身が難波慶という男を好きでは無いがために抱く感情だと悠哉は最近気がついた。難波と陽翔の関係は認めるが、純粋にこの男との相性が悪いため難波に好意を抱くことはやはり出来ないな、と再度自覚する。 「あっそうだ悠哉、彰人ならお前を探しに行ったぞ」 「は?」 「今さっき当番が終わったから走って教室出てったんだけど途中で会わなかったか?」  難波は悠哉達が来た方向を指さしながら首を傾げた。運が悪いことに彰人とすれ違いになってしまっていたらしい、なんでこうも運がないのだと悠哉は内心肩を落とした。 「しかもあいつ急いでたからスマホも持っていかなかったみたいでこれは探すの大変だぞ」 「嘘だろ…」  スマホを持っていなかったら連絡手段がないではないか、彰人のばか…と悠哉は心の中で呟く。これからどうしようか、と悩んでいると「お前さ」と難波が口を開いた。 「まだ変な意地張ってるのか?」  難波はニヤついた笑みを浮かべながら悠哉にそう聞くと「いい加減素直にならないとあの彰人でも愛想尽かされるぞ」と悠哉の肩をポンと叩いた。 「…っ、そんなこと分かってる、一々お前に言われなくてもな」  難波の言葉にムッとした悠哉はイラついた態度で反論した。何故この男はいつも人を煽るような物言いをするのだろうか、これだから好きになれないのだ。 「悠哉ならもう大丈夫ですよ、ね?」  陽翔は優しく微笑みながら問いかけた。そうだ、俺はもう逃げないと決めたんだ、彰人からも、そして自分自身からも。  悠哉は陽翔の瞳をしっかりと見つめながら「ああ」と頷いた。
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